先日、m3という医療者向けのニュースサイトで見つけた小さな記事です。
母乳断念、避難で拍車か 福島医大・公開講座で研究者解説
2015年10月13日(火)配信 福島民友新聞
福島医大は10日、福島市で公開講座「福島周産期医療最前線」を開いた。震災、原発事故が母子に与えた影響をめぐる調査結果や、県内で安心して産み育てられる環境整備を目指す取り組みについて同大の研究者が解説した。
同大ふくしま国際医療科学センターが来年完成するのを前に、同大の取り組みを紹介しようと開かれている公開講座で、3回目。放射線医学県民健康管理センターの石井佳世子助手と藤森敬也産婦人科講座教授、細谷光亮小児科学講座教授が登壇した。
石井助手は、県民健康調査のうち妊産婦を対象とした調査結果について話した。赤ちゃんを完全母乳で育てているかミルクを与えているか尋ねた2011年(平成23)年度の調査で、原発事故の避難区域から避難した母親のグループで完全母乳と答えた割合は27.4%にとどまり、避難区域外の母親の31.7%を下回った。石井助手は「避難に伴うストレスや、授乳できる環境が確保できなかったことが影響したとみられる」と指摘。母親が赤ちゃんを母乳で育てることを望んでもさまざまな要因で断念するケースが多いが、避難がその傾向に拍車を掛けた可能性を指摘した。
「赤ちゃんを完全母乳で育てているかミルクを与えているかを尋ねた」という一文に、まず「完全母乳」の定義そのものがまだ明確ではないのに、お母さんたちは「完全母乳」という言葉をどのように理解してこの調査に答えたのだろうと気になりました。
避難生活というのは被災と日常生活を失う非常事態ですから、まずは生命を守り、健康を維持できることが最優先目標になることでしょう。
あるいは家族関係や地域社会の再建といった、生きるための安全な基盤の確保というあたりかもしれません。
上記の質問文に答えを書き込む時にも、いろいろな気持ちがあるのではないかと思います。
「あれだけの大変さを乗り越えたから、一日に1〜2回ミルクを使った時もあるけれど『ほとんど母乳だけ』」
「1回でもミルクを使ったから、それは『完全母乳』ではない」
「完全母乳」という言葉にも、それぞれのお母さんたち自身の解釈と、授乳方法に対する微妙な逡巡があることでしょう。
もしかすると、避難生活を機に「すっぱりミルクに切り替えられた」と前向きに捉える人もいらっしゃるかもしれません。
皆が皆、「母親が赤ちゃんを母乳で育てることを望んでも様々な要因で断念」する人だけではなかった可能性もあるのではないかと思います。
あるいは、「授乳方法の大変さ」を書くことで、避難生活の改善点の提案の機会と捉えたかたもあるかもしれません。
また未曾有の大災害の中で、多くのものを失い断念しながらもなんとか折り合いをつけてきた回想として、「こうしたかった」という表現の場になったのかもしれません。
母乳とミルクという授乳方法に関する調査が「質問者の質問の意図を推し測り、質問者が聞きたがっているような回答」になりやすい不備を、ダナ・ラファエル氏が指摘していることをこちらの記事で紹介しました。
いずれにしてもこういう質問は、答えにくいだろうなと。
そしてそこから導かれた避難区域外の母親との差、−4.3%の意味は何だろうと。
<公開講座の意図とは違うタイトルになっているのではないか?>
この調査・研究の背景には 災害時の完全母乳「戦略」や災害時の母乳代用品の監視行動などがあるのだろうかと気になって、この調査の内容を知りたいと思い検索してみましたが、公開講座のポスターしか見つけられませんでした。
その講師の紹介文には以下のように書かれています。
東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う、放射線の健康影響不安や避難生活によるストレスなど、福島の母子が抱える不安、置かれた環境が、事故後4年半が経つ中、どのように変わってきたかを、県民健康調査「妊産婦に関する調査」の結果を交えてお話します。
他の講師の産科医・小児科医の紹介文からも、あの震災の全体像ととらえるための現実的な内容を調査されていたのではないかと推測しました。
であれば、このニュースのタイトルと内容はどのように取捨選択されたのでしょうか。
そして誰のためのニュースだったのでしょうか。
「完全母乳という言葉を問い直す」の災害に関する記事はこちら。
23. 非常時と粉ミルク要望書
24. 非常時に母乳は必ず出るのか
25. 「災害時こそ母乳」は誰に向けたメッセージだったか1
26. 「災害時こそ母乳」は誰に向けたメッセージだったか2
27. 災害時のフェーズ0
28. 国際的な完全母乳『戦略』
29. 災害時の完全母乳『戦略』
30. 災害時の母乳代用品の監視行動
東日本大震災で考えたことをまとめた「災害時の分娩施設での対応を考える」はこちら。
1. 電気と水がない災害時の分娩に必要なことは何か
2. 分娩と医療体制
3. 岩手県の報告より
4. 「分娩施設」とは助産師のいる施設のことだけなのか
5. 災害時の「授乳支援」
6. 災害と妊娠高血圧症候群
7. 有床診療所での災害対策
8. 現場の智恵に学び、活かす
9. 東日本大震災と原発事故発生当時の記憶
10. 福島から転院されてきた方の受け入れ
11. 放射線物質の不安と対応についての記憶
12. 災害時にどのように情報を得るか
13. 放射性物質の水道水混入時の情報
14. 医学会の情報共有システムがない
15. 原発事故後に出された周産期関係の見解
16. ヨウ素剤予防投与について
17. 原発事故への「現実的対応」
18. 「災害看護」とは
19. 私自身の得た教訓のようなものー全体像をとらえる
20. 現実的対応とデマの阻止
21. 吹雪と災害