完全母乳という言葉を問い直す 26 <「災害時こそ母乳」は誰に向けたメッセージだったか2>

昨年の東日本大震災の直後わずか2〜3日だったように記憶していますが、ネット上には「災害時こそ母乳を」「出なくなることはない」「母乳は完全な栄養がある」「母乳は災害時の感染症を予防する」といったメッセージがたくさん出始めました。


それと同時に、「母乳育児をしている人に『出なくなる』とミルクを渡さないで」「哺乳ビンは消毒できなければ不潔なので紙コップで授乳を」といった情報もたくさん流れました。


ネット上だけでなく、NHKの番組のなかでもそのような情報が流されていた記憶があります。


その情報は、誰に向けた情報でしょうか?
それは「母乳だけ」で育てていらっしゃるお母さんたちです。


混合栄養ですでにミルクと哺乳ビンを使っているお母さんたちや、ミルクだけで育てているお母さんたちには、支援物資のミルクは必要ですし、哺乳ビンをできるだけ清潔にして授乳を継続することは、選択できることではなく必須のことです。


そういうお母さん方にとって必要な情報は、「不潔な哺乳ビンで感染症になる」ことよりもどのように清潔を保てるか、どのようにミルクやお湯を確保できるかということだと思います。


<情報源はどこにあったのか>


冒頭で書いたような表現は、ほとんど同じといってよい内容が個人のブログや自治体などで広まりました。


その基になったのが、日本ラクテーション・コンサルタント協会と母乳育児団体連絡協議会という団体から出された以下の2つの文書ではないかと思われます。
地震や水害にあった母乳育児中のお母さんへ」2003年3月
http://www.jalc-net.jp/release_mother.html
「災害時の乳幼児栄養に関する指針」2007年10月
(こちらは直接リンクできないようなので、お手数ですが上記名で検索してください)


最初の文書では、「母乳育児中のお母さんは母乳育児を続けましょう」として以下のように書かれています。

このような状況で母乳育児を続けることはとても重要です。母乳育児は赤ちゃんの命を救います。母乳育児は赤ちゃんの命を救います。母乳育児は完全無欠の栄養を赤ちゃんに与えます

また、「ストレスで母乳が干上がることはありません」では以下のように、

一時的に出が悪くなっても、赤ちゃんが欲しがるたびに欲しがるだけあげているとまた母乳は出てくるようになります。

そして「栄養状態のよくないお母さんの母乳にも、完全な栄養が含まれています!」では、

母乳の栄養はいつでも完全です。お母さんが深刻な栄養失調にかかったときのみ、母乳の量が減ります。

と書かれています。


ここまで言い切れるほど、母乳は「完全」なのでしょうか。
母乳だけの場合、乳児の貧血でミルクが必要な場合もあります。
また災害時でなくても、母乳だけで頑張って、赤ちゃんもそこそこ元気で便・尿回数も多いのに、全く体重が増えない場合が時々あります。


まして世界中で、戦争や飢餓や貧困で多くの乳児が栄養失調になっているのは、どのように説明できるのでしょうか。
日本で起きる災害時ならば、「先進国における災害」時ならば栄養失調の乳児はでないのでしょうか。


お母さんの栄養や生活環境が悪化する災害時には、なおさら慎重な対応をする必要があると考えるのが、「すべての母子を対象にしている」専門家といえるのではないでしょうか。


「完全」という表現を使った時点で、それは科学的根拠に基く内容ではなく自分たちの願いや信じたい主張を表したものになってしまっているのだと思います。


母乳だけの育児をしたい方、それを支える団体があるのはよいと思います。
ただし、あの震災時にすべての授乳中のお母さんに最小限必要な情報が行き渡る前に、「母乳育児中のお母さんへ」しかもミルクを使用していない方へのメッセージが、授乳中のお母さんへの情報よりも先にしかもどんどんと広がってしまったのは残念だったと思います。


次回は、被災時のミルクや食糧の配給について書いてみようと思います。




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