完全母乳という言葉を問い直す 27 <災害時のフェーズ0>

災害発生時から24時間までをフェーズ0(ゼロ)と区分していることを2012-06-09 - ふぃっしゅ in the waterで紹介しました。


災害発生直後に避難してきた方を受けいれる状況はどのようなものでしょうか。


私自身は直接その受けいれ支援の経験はありませんが、1980年代にインドシナ難民キャンプで働いていた時の記憶が多少あります。


私が働いていた難民キャンプは、東南アジア各国の沿岸に漂着したベトナム人ボートピープルと呼ばれる人たちを受け入れていました。
よくテレビで漁師さんが数人乗った漁船が映されますが、あのくらいの漁船に数十人から百人近い人が乗って戦火の祖国から脱出しようと多くの漁船がベトナムを出ました。


船の中で立ち上がるスペースもなく、食糧や水が尽きると自分の尿を飲みながら、ただただ炎天下のあるいは大しけの南シナ海でどこかの海岸にたどり着くことだけを祈り信じて海に出ました。


漂着した難民は地元の漁村の住民たちの手で食糧や水をもらい、その場所で本人確認などさまざまな事務処理を終えてから難民キャンプに入ります。
私の働いていた難民キャンプでも、週に1〜2回、200人前後の難民を受け入れていました。
その場合には、本人の身元確認や家族、疾患暦、健康状態などが確認されてすでに書類まで作成されている段階での受け入れだったので、特に混乱はおきませんでした。


ところがたまにそのキャンプの近くに難民の方が直接漂着することがありました。
そういう時にはキャンプの日常業務は全部ストップし、ほとんどのスタッフと通訳ボランティアが救出のために出払ってキャンプ内は閑散としていました。


過酷な漂流で健康が悪化していますので、まずは医療処置が必要だったり、妊産婦、乳幼児など優先して保護する人のトリアージをまず行います。
何日も飲まず食わずの状態なので、食糧や水を調達して分配する必要があります。
一人一人の氏名年齢、住所などを聞き出していきます。
どの人とどの人が家族、あるいは親戚関係かを確認して、難民キャンプの入居時の同室者を決めていきます。


おおよそ数時間ぐらいでその作業が終わると、難民キャンプに入ります。
もうわずかな記憶しか残っていないのですが、100人規模でも大きな混乱もなくキャンプ内で受け入れられていたのは、スタッフだけでなくすでにキャンプで生活していた人たちも同胞のために食事や衣類の準備など全員で手伝ってくれていたからだったと思います。


そして翌日には、日用品や衣類、食品の配給が始まり、私の担当でもある予防接種や結核・性病コントロールの治療が始まっていました。


ここまでフェーズ0の初期対応をスムーズに行うことができたのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際移住委員会(当時ICM)などの訓練されたスタッフで、常に難民受け入れを業務としていたからだったと思います。


国内外の災害で避難所の様子がテレビで映されると、自分の記憶と行政の方たちの大変さが重なり会います。
難民の場合には国も言葉も違うという難しさもありますが、たとえその地域の住民であっても避難規模によっては全体を把握することだけでも相当な業務になることでしょう。
まして、災害の場合の行政担当者の方々自身が被災者でもあることが多いわけです。


災害時のフェーズ0というのは、どこの誰それであるかを確認するのに手一杯で、どのような生活をしていたかまで対象の個別性や個々のニーズを配慮するほどの余裕はないと思ってよいでしょう。


<粉ミルクの配布時の注意点>


昨年の東日本大震災では、「母乳育児をしているお母さんには安易にミルクを渡さないで」「ミルクがいらなかったら断ることもできます」といった内容のメッセージをよく目にしました。


2011年3月20日付けで新生児医療連絡会から出された「災害時の乳児栄養について」http://www.jnanet.gr.jp/kan/infantnutrition20110320-1.pdf
の中にも以下のように書かれています。

母乳だけで育てている母親や母乳と粉ミルク(混合栄養)で育てている母親に「災害時にはストレスで母乳が出なくなることがあります」というような限られた情報とともにミルク缶が配布されることがたいへん憂慮されます。

母乳だけで育てている母親には、母乳育児を維持・継続できるような支援(震災時でも母乳は出続けることや十分な食べ物飲み物が入手できなくても母乳を与え続けられること)が必要です。


おそらくフェーズ0(災害発生から24時間)、フェーズ1(72時間以内)ぐらいまでは少なくとも乳児のいる家庭はどこかを把握し、一律にミルクを配布するだけでも精一杯ではないかと思います。
受け取る側もたとえそれまで母乳だけだったとしても、いつまでどのような状況が続くのかわからない段階ではミルクを確保しておきたいと思う方もいらっしゃるでしょう。


また、母乳だけの場合に食糧が不十分と思われるならば、お母さんがそのミルクを飲むだけでも栄養と水分補給になると思います。
その点、海外の液状調乳済みミルクは、乳幼児、成人、高齢者も飲むことができますと書かれています。


中には「母乳だけにすることで災害時に必要なミルクを必要な人にまわすことができる」というメッセージもありました。
災害の規模や程度によってはあるいは災害時の母親の心身の状況によっては、それまで母乳だけだった方もどうなるかわからない状況の中で、当事者にすれば残酷なメッセージだったのではないかと心が痛みます。


災害にあった大変さは、その当事者でなければわからないことがたくさんあります。
非常時には、まず自分と赤ちゃんの身を守る、それだけで十分だと思います。
そして当事者というのは、そんなメッセージを外から言われなくても周りをみながら融通しあうことでしょう。


災害直後の救援物資というのは、渡す側にも受け取る側にも躊躇させるようなことがあってはいけないのです。


<こういうメッセージにしてはどうでしょうか>


なぜ「先進国における災害時の乳児栄養  特に粉ミルク配布時の注意点について」の文章に違和感を感じてしまうのでしょうか。


それは、文章全体が粉ミルクと哺乳ビンのネガティブキャンペーンになっているからだと思います。
その背景には、「母乳代用品のマーケティングに関する国際基準」と「乳幼児の栄養法に関するイノチェンティ宣言」があるのでしょう。
そのあたりは、次回考えてみようと思います。


災害直後の授乳中のお母さんたちへは、こんな文章はどうでしょうか。
まぁ、あえて言わなくてもきっとどこでも避難された方たちが思いつく内容だと思いますが・・・。

災害直後には、食糧・水の確保や電気・ガス・水道の復旧の目処がたつまでは母乳だけで育てているお母さんたちも、配給されたミルクや調乳用の水を確保しておいてください。
災害時のストレスで母乳の出方が少なくなることがありますが、吸わせているうちに出る場合もあります。
状況によっては赤ちゃんに一時的にミルクを足しましょう。
あるいはお母さんが母乳を出すのに食糧・水が不十分と感じたら、配給されたミルクや水をお母さんが飲むこともできます。
災害直後は避難者の全体を把握するだけでも大変なので、個別への対応が難しい点があります。
食糧・水の配給が全員に行き渡る程度に落ち着いてきたら、授乳場所の確保など改善できそうなところを皆で協力しあいましょう。
保健師などの巡回が始まったら、授乳の不安を相談してみてください。




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