完全母乳という言葉を問い直す 29 <災害時の完全母乳『戦略』>

前回と今回のタイトルに「戦略」という表現があることに、戸惑うかたもいらっしゃるかもしれません。


母乳に関して「戦略」なんてものものしい表現ですよね。
でも前回の記事の中で紹介したように、WHO/UNICEFの「乳幼児の栄養に関する世界的な運動戦略」のように、完全母乳を勧める動きの中では戦略(strategy)という表現は当然のように使われているものなのです。


もうひとつ「監視」(monitoring)という言葉も、母乳推進運動の中でよく目にします。
何を監視し、どのように行動することが勧められているのかは、IFEコアグループの「災害時における乳幼児の栄養 〜災害救援スタッフと管理者のための活動の手引き〜」の最後の部分を紹介します。

「国際基準」の違反行為は国/地方レベルでWHOへ報告しましょう。


<援助か販売促進か>


「母乳代用品の『国際基準』の適用範囲」とは以下のことです。
(母乳代用品のマーケティングに関する国際基準より)

乳児用人工乳を含む母乳代用品
哺乳びんに入れて補完食として使用されるものを含む乳製品、食べ物、飲み物
哺乳びんと人工乳首
これらの製品と質と手に入りやすさ、その使用法に関する情報


国際基準の第五条の中には以下のような記載があります。

第五条1項 「国際基準」の適用範囲内にある製品を、消費者一般に宣伝したりほかの方法で販売促進したりしてはならない。 

同2項 製造業者ならびに流通業者は、妊娠中の女性や母親、またその家族に、「国際基準」の適用範囲にある製品の試供品を、直接的にも間接的にも渡してはならない。

同4項 製造業者ならびに流通業者は、妊娠中の女性あるいは乳幼児の母親に対し、母乳代用品や哺乳びんの使用を促進する可能性のある文書や物品などの贈り物を配るべきではない。

上記の基準を、災害時の救援物資も母乳代用品の「販売促進の機会」として適用しようというのが「災害時における乳幼児の栄養」ということです。


<「災害時における乳幼児の栄養」IFEコアグループ>


具体的にどのような記述があるか書き出してみます。

「KEY POINTS 要点のまとめ」(p.5)より

9.(無料で)寄付されたり、資金援助をされたりした母乳代用品(人工乳など)の支給は避けましょう。
災害の場では、哺乳びんや人工乳首の寄付は断るようにしましょう。
母乳代用品は、哺乳びん、人工乳首の寄付はどんなに善意であっても、誤った援助です。

単一の機関で計画的に配布しましょう。

「人工乳」の対象者は以下のように限定しています。

6.2.1 人工乳はそれを必要としている乳児のみを対象とすべきで、それは母乳育児や乳幼児の栄養問題について教育された資格のある保健医療従事者あるいは栄養の専門家が評価して決定します。

6.2.2 人工乳の一時的あるいは長期的使用に対する評価基準の例としてつぎのことが含まれます:母親がいないか死亡している、母親が重い病気である、母乳復帰中の母親で、母乳分泌が回復するまでの間、母乳を与えないことを選択したHIV要請の母親で、AFASS評価基準が満たされている場合、母親に受け入れられなかった乳児、災害時より以前に人工栄養をしていた母親、母乳育児を望まない性暴力被害者。

つまりそれまで母乳だけで授乳していた母親は人工乳を自らの判断で選択するのではなく、専門家の評価のうえで人工乳の支給が決定されるということです。


災害時の母乳代用品の「調達の制限」では以下のように書かれています。

6.3.2 購入する母乳代用品のタイプと供給源を以下のようによく考慮しましょう。
ジェネリック(ブランド名のない)人工乳が第一選択として推奨され、その後に現地で購入される人工乳が勧められます。


いやはや、災害時にミルクを足すことも支援することも大変なことです。


フィンランドからの液状ミルク>


上記のような背景があることを知ると、昨年の東日本大震災で調乳済ミルクを救援物資として送るための行動がどれだけ大変だったかと思います。
フィンランドから液状ミルクを送る運動を始めた方があるブログへ寄せたコメントをご紹介します。

フィンランドのメーカーもWHOから出ている母乳促進の指針に沿って、テレビに映ることを大変嫌いましたし、先日もNHKが倉庫で取材したいという時代にも、「内容が私たちのミルク支援の話でも私たちの会社がミルクの促進をしていると誤解してしまう人が必ず入るから」ということで、カメラが入ることはありませんでした。
新聞会社がお借りする写真でさえも最後まで断っていたのです。
また日本に進出する動きも、することもありません。


「母乳代用品、哺乳びん、人工乳首の寄付はどんなに善意であっても、誤った援助です」
こういう考え方が広がり、相互に監視する社会はなんて息苦しいことでしょうか。


被災時の母親は、それほど監視されないと「援助を販売促進の機会」にされてしまうほど愚かな存在とみられていることのほうが、私には悲しくやりきれないですけれど。


次回は、東日本大震災時の母乳代用品に関する監視行動について考えてみたいと思います。





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