医療安全対策について思うことあれこれ

私が最初に看護師として働き出した頃を含めた30年ほどを振り返ると、医療が急速に進歩した時代に重なっていたことをこれまでも何度か書いてきました。


医療の進歩とともに、医療安全対策という言葉が出て医療従事者の意識も大きく変った時代だったといえるでしょう。
30年前には、医療安全対策という言葉すらまだ聞かれませんでした。


医療現場で使われている物のほとんど全てと言ってよいほど、この医療安全対策の歴史を思い起こさせる物語があります。


たとえば注射器にしても、通常の注射器と色を変えて注入口が太いカラー注射器があります。
これは色分けすることで、静脈などへ注入するものとそれ以外の方法で使うものを間違わないように、注射器の先端が輸液ルートや注射針に接続できないようなデザインのものを鑑別できるようにしているためです。


これを見ただけでも医療従事者であれば、注射器の誤注入の数々の事故を思い浮かべることでしょう。


胃チューブに入れるつもりで注射器に吸っておいた牛乳を誤って静脈内に入れてしまったとか、たくさんルートが患者さんの周囲にあってよく確認しないで経口投与すべき薬を静脈内に入れてしまった、消毒薬を吸っておいて静脈に注入してしまったなど、事故のニュースを聞くと明日は我が身と怖くなったものです。


患者さんの身体に直接重大な影響を与える事故から、問題はおきなかったがヒヤリとすることまでたくさんの経験が、注射器1本にも安全性を高める対策へと生かされていくようになったのは、ここ20年ほどのことです。


<医療安全対策という言葉が聞かれ始めたのはいつ頃か>


2005(平成17)年度からの厚生労働省労働科学研究をまとめた「ーヒヤリ・ハットや事故事例の分析ー   医療安全対策ガイドライン」(じほう、2007)の「はじめに」には、以下のように書かれています。

 1999年に重大な事故が発生し、医療事故防止が社会的な課題として大きく取り上げられるようになった。厚生労働省は当初、当時の厚生大臣が「医療事故防止のための緊急事態宣言」をするとともに、医療関係団体を集めて注意を喚起した。しかし、医療事故報道はとどまるところを知らず、次々と同じような事故が明らかにされるようになった。
 同時期に米国でも医療事故は大きな問題となり、米国医学研究所は各種委員会のまとめを報告書として出版した。その最初の報告書が「人は誰でも間違える」と邦訳された報告書で、ここでは、"人は誰でも間違える"のであるから、システムで事故を防止する必要があると述べている。


1999年の重大事故というのは、消毒薬を誤って術後の患者さんに注入して死亡させた広尾病院での医療事故のことだと思います。
記憶に残っていらっしゃる方も多いことでしょう。


「はじめに」の中では、その後、2002年には入院施設を持つ医療機関に医療安全体制の義務付け、2003年から厚生労働省のヒヤリ・ハット事例の収集開始、そしてガイドライン作成に至ったと書かれています。


実際には、1990年代初頭にはすでに「人は誰でも間違える」という考え方が日本の病院にも紹介されていたと記憶しています。
私の勤務していた病院でも1990年代初頭に、すでにヒヤリ・ハット報告を導入していました。


<ヒヤリ・ハット報告とは>


ヒヤリ・ハットについて、ウキィペディアでは次のように書かれています。

重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の発見をいう。文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたりハッとしたりするもの。

「重大な災害や事故」と書かれているように、医療だけでなくもともとは交通運輸関係や大工場などの安全対策として始まったと習った記憶があります。

ヒヤリ・ハットは結果として事故に至らなかったものであるので、見過ごされてしまうことが多い。すなわち「ああよかった」と、直ぐに忘れがちになってしまうものである。
しかし重大な事故が発生した際には、その前に多くのヒヤリ・ハットが潜んでいる可能性があり、ヒヤリ・ハットを集めることで重大な災害や事故を予防することができる。

「点滴を他患者のものと間違えそうになった」「少し目を離したすきに、患者さんが転倒しそうになった」「連絡がうまくいかず、アレルギーのある患者さんに普通の食事を配膳した」など、それまでは患者さんに重大な影響がなければ特に上司に報告する必要もなく、軽微なミスであれば「次回は気をつけるように」と個人のミスとして注意を受けていました。


<システムで事故を防止するという認識へ>


ヒヤリ・ハット導入直後は、「ミスをおかしたわけでもないのに、書く必要があるの?」「報告を出した人は、ミスをおかしやすい人と思われてしまうのではないか」などかなりスタッフにとっては心理的負担が大きいものでした。


ところが、自分の部署だけでなく病院全体から集まった報告を読むことで「誰もが間違う可能性がある」ことが実感としてわかり、「未然に防ぐためにはどうしたらよいか」という対策へつなげようという認識が定着しました。


その根本となるのが「SHELモデル」でした。
事故やミスは当事者だけでなく、「S:ソフトウェア」「H:ハードウェア」「E:環境」「L:当事者以外の人間」という4つの要因が影響しているという分析方法です。


たとえば誤薬も、個人のうっかりだけでなく注射器そのものを色分けしデザインを変えることで事故防止になるというように。


もちろん、なかなか理想通りにはいかないのが世の常です。
比較的早い時期からヒヤリ・ハット報告に慣れていた私ですが、次に移った病院では全病棟からあがってくるヒヤリ・ハット報告を検討する席で、ほとんどの事例を「そのスタッフの確認不足」と一蹴してしまう看護部長でした。
個人のせいにして終わりにしてしまうと安全対策は進まず、報告書も宝の持ち腐れになってしまいます。


そのように施設間の温度差はあるとは思いますが、それでも、この20年ほどの間に「医療安全対策」の意識と実践が確実に医療現場に根付いたのではないかと思います。
これは医療の歴史の中でも、とても重要な変化ではないでしょうか。


少し間があいた「医療介入とは」のシリーズですが、「不要な」あるいは「過剰な」医療介入とされる処置や、あるいは医療機器のすべてにこの「医療安全対策」という視点があるということが伝えられればいいなと思っています。



ということで次回は「医療介入とは」の続きで、「産婦さんにとって快適な姿勢」について書いてみたいと思います。
分娩台や分娩時の姿勢は、「医療従事者の都合」でしょうか?ということで。



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