助産師と自然療法そして「お手当て」 34 <整体の歴史と出産の医療化 1>

野口晴哉(はるちか)氏の講演をもとにした「誕生前後の生活」(全生社、昭和53年)を参考に、整体の中での妊娠・出産・育児の考え方について一部を紹介してきました。


その本が出版された1978(昭和53)年頃までは、「誕生前後の生活」が書かれた時代1その2で書いたように、医学の進歩ともに医療従事者の資格もまた大きく変化した時代背景がありました。


1978年頃というと私自身が看護学生になった頃で、今思うと当時の医療のレベルは現在に比べるとすでに「大昔」のレベルに感じるほどの変化があります。
それでも当時は病院実習に行くと、最先端の医療を学んでいるという実感がありました。


1960年代生まれの私でさえすでに医療が格段に進歩した時代の記憶しかなく、自分が生まれた頃やそれ以前の時代に、人々にとって医療とはどのようなものであったのか想像するのも難しいものです。


まして、現在、妊娠・出産・育児にご自身が向き合う年齢層の方たちにとって、1950年代ごろからの生活と医療の変化を想像する機会もないのではないかと思いますし、案外、近い歴史というものは全容を知ろうとすることは難しいのではないかと思います。



私の手元にある「誕生前後の生活」は2004(平成16)年に出版されたものですが、今までの記事で紹介してきたように、医学的にはすでに否定されていることなどが繰り返し繰り返し出版される背景には、案外、こうした近い歴史を人は知らないので「現代の医療ではわからない何かすごいこと」が書いてあるかのように認識しやすいのかもしれません。


今回から3回ぐらいに分けて、出産の医療化と整体の歴史を考えてみようと思います。


<「出産の医療化」と整体>


野口晴哉氏が生きた時代というのは、まさに「出産の医療化」の時代でした。


1911(明治44)年に生まれ、1926(昭和元)年に15歳という若さで愉気と活元運動を主体にした療術団体を設立したようです。


その同じ頃の出産の風景を、「出産と医療、昭和初期まで」で紹介しました。
引用した文献は信州の農村ですが、野口晴哉氏の住んでいた都内でも基本的には家庭分娩の時代ですから産婆や医師を頼むのは限られた人たちであったことでしょう。


この時代であれば、出産に立ち会った経験がある人、出産に関して見聞きした知識がある身近な人の方が、高額な報酬を必要とする産婆や医師よりも尊重されていた様子がわかります。


おそらく野口晴哉氏もそのような存在として、相談役としての立場と経験を積んでいたのではないかと思います。


そして戦後になり、まず医療とはなにか、医療と代替療法の違いは何か、そして医療を担う資格とはなにか明確する動きがありました。
それが「あん摩マッサージ師・はり師・きゅう師に関する法」で、医療類似行為を1948(昭和22)年に法律で明確にしたことはこちらの記事で書きました。


そして1948(昭和22)年に整体操法協会を設立。
「この頃から病を治すことよりも人間本来の力を引き出して健康に導く自らの活動を『体育』と位置づけ、『治療』を捨てることを決意」し、1931(昭和56)年に社団法人整体協会を設立しています。


「あはき法」で医療類似行為として国家資格を与えられた鍼灸も当時はその医学的効果の科学的な検証が不十分であるとして議論があったようですから、ただ手を当てる整体は医療としては当然認められず、「治療を捨てることを決意」と言わざるをえなかったのではないでしょうか。


この同じ時代の出産の様子をこちらの記事では終戦後の離島での出産の医療化について、またこちらの記事では同じ頃の都市部の出産の様子について紹介しました。


いずれにしても、全ての出産に教育を受けた助産婦が立ち会えるほど助産婦もいませんでしたから、まだまだトリアゲババや家族の手によって出産が行われていた時代です。
徐々に、専門教育を受けた助産婦に分娩介助をすることで安全性が高まることが社会に認められ始めた時代とも言えるでしょう。


それまで家庭に赴いていた助産婦も請け負う分娩が増加するのに対応するには、自分のところに産婦さんが来てもらうようにする必要があります。
そこで1948(昭和23)に医療法で有床助産所開設が認められ1950年代に初めて助産所ができたこと、そしてその盛衰についてはこちらの記事に書きました。


それでも、まだ野口晴哉氏のような無資格者が妊娠・出産の相談役として活躍できる場が多かったのではないかと思います。


妊娠・出産は病気ではないから。


医療とは認められず「治療を捨てた」整体にとっても、「出産は病気ではないから」と世の中の人が受け止めている時代には、まだ「人間本来の力を引き出す」何かとして活動する余地が残されていたといえるのかもしれません。


次回は、その「妊娠・出産は病気ではないから」というところに焦点をあてて考えてみようと思います。




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