母乳のあれこれ 16 <「乳腺の詰まり」とは何か>

乳腺炎というと、「乳腺が詰まった」という表現が使われることが多いと思います。


「乳腺が詰まる」
これはどういう状態を指しているのか、案外まだきちんと整理されていはいないのでしょうか?


<「乳栓」とは何か>


乳腺を詰まらせる原因として実際に「乳栓」あるいは「乳汁栓」というものがあります。
たとえば、「周産期医学必修知識 第7版」(東京医学社、2011年)の「産褥乳腺炎」の「乳汁うっ滞、うっ滞性乳腺炎」の中にも治療として「乳汁栓の除去を行う必要もある」と書かれています。


この乳栓とは何か。
「母乳哺育と乳房トラブル予防対処法 乳房ケアのエビデンス」(立岡弓子氏著、日総研、2013年)では以下のように書かれています。

乳栓の形成による乳管の狭窄・閉塞


乳栓とは、乳頭の扁平上皮や乳汁中の成分(カルシウム、脂質、タンパク質)により固まる、乳頭の先にできる白い斑点である。
約1mm程度の斑点であり、爪や滅菌された針により除去する。固いクリーム状の乳栓が排出されることで改善に向う。(p.170)

たしかに「乳汁中の成分」が固まったものであり「固いクリーム状」ではあるのですが、白斑自体はそこに直接乳栓ができているわけではないと思いますし、ましてや針などで除去する方法は以前は行われていましたが最近はしない施設の方が多いでのはないかと思います。


上記の本以外に、「母乳育児支援スタンダード」(日本ラクテーション・コンサルタント協会、医学書院、2009年)、「よくわかる母乳育児」(水野克己氏ら著、へるす出版、2008年)あるいは「周産期医学必修知識」のバックナンバーや増刊号にも、この「乳栓」あるいは「白斑」が何か、説明されている箇所はみつかりませんでした。


<「詰まる」という状態>



硬結のできたおっぱいを搾乳介助していると、この「乳栓」に遭遇することがあります。


最初は乳輪を刺激していてもなかなか母乳が沸きあがってこなかったのに、しばらくすると勢いよく白い小さな塊り飛び出してきて、その後からは順調におっぱいが噴き出すように分泌され始めて、かたくしこっていた部分がなくなります。


この小さな塊りを触ると、少しヌルヌルしていたりベタベタと感じますから、母乳中の成分が濃縮されて固まったのだといえるでしょう。


この小さな乳栓は多くの場合、乳頭表面に存在しているわけではなく、しばらく搾乳をしていると「中から湧き上がる母乳に押し出されて排出」されてくる印象があります。


では白斑は何かといえば、その部分が乳栓なのではなく、普通は勢いよく湧き上がってくる母乳が、乳腺のどこかが「詰まる」と勢いが減じて他の乳腺に迂回しながらじわじわと乳頭表面に達したために、皮下に溜まって見えるものではないかと考えています。


本当に、母乳は1mぐらいピューッと飛びますから。


ただし明らかな乳栓がなくても、乳汁うっ滞やうっ滞性乳腺炎の場合にはこの搾乳だけで射乳反射が復活して分泌を再開し始めますから、「詰まる」というのは必ずしも乳栓の存在が関係しているわけではないのかもしれません。


<桶谷式マッサージとSMC式乳房管理>


さて、「乳栓」はただ母乳の成分が固まったものではなく、そこには「核」になる物質が存在するようです。
そのひとつに「繊維」があります。服と同じものです。


この存在を早くから観察していたのが、桶谷式マッサージの方々ではないかと思います。


単なる搾乳とは違い、桶谷式乳房マッサージではまさに「一本一本の乳腺から湧き上がってくる母乳の違い」まで観察しています。
温かさや色調、粘度などの違いについての観察の機会は、助産師の中でも格段に多いと思います。


マッサージをしていると、最後の方になるとざらざらとした物がたくさん出始めます。
色は白だけではなく、ピンクや黒、時には緑色と言ったものまで出るので驚きます。
「私はそんな色の下着はきていません」とおっしゃるので、小さい頃から身につけていた服の繊維なのかもしれません。
服の繊維が、乳腺の開口部から奥の組織に入り込んで存在していたことになります。


それが繊維であることを実際に確認した写真が、たしかSMC式乳房管理学の本に掲載されていたと記憶しています。1990年代初めの頃でした。


乳輪をしっかり深く赤ちゃんにくわえさせることで、全方向の表面から奥までの乳腺から勢いよく射乳反射がおきればこうした繊維も飛ばされて排出されます。
ところがくわえさせ方が浅かったり曲がっていて浅くムラに母乳が湧き上がると乳腺の途中でひっかかり、そこに母乳中の成分が付着して乳栓ができて「詰まらせる」場合があるわけです。


乳腺が詰まる、この一言がどんな状況なのか、まだまだわかっていない母乳の不思議な世界だといえるでしょう。


<おまけ>


私自身は、現在は桶谷式マッサージもSMC式マッサージも不要だと考えています。
ただ、あの桶谷式マッサージによる母乳分泌の観察の機会と、SMC式乳房管理の「科学的に検証する」姿勢が1990年代に融合していたら、世界でもまだまだ標準化が遅れている母乳分泌やそのトラブルの対応にいち早く本質的な部分に到達できていたのではないかと残念に思っています。




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