1980年代終り頃の助産師向けの教科書には書かれていなかった「自律授乳」という言葉は、卒業したあと自然と耳に入りました。
助産婦学校の実習は大学病院の産科でしたから、当時の大学病院で母子同室はおろか自律授乳を取り入れている施設は皆無といってよいほどで、むしろ、民間の病院から先にとりいれていました。
ただ、まだ過渡期だったのでしょう。
新生児にとって「自律した授乳」とは何か明確なものは何もなく、ただWHOの「8.赤ちゃんが欲しがるときに、欲しがるままに授乳をすすめること」という言葉だけが、お題目のように広がっただけでした。
そしてそれぞれの年代、それぞれのスタッフの経験によって、あるいはそれぞれの施設で、新生児の「自律授乳」にはかなり温度差がありました。
それは今もまだ同じ状況かもしれません。
<ミルクを比較的多く飲ませる世代があるのかもしれない>
1960年代〜1970年代に助産婦・看護婦になった世代の人たちは、おおむね、ミルクをかなり飲ませることが多い印象です。
私が勤務してきた施設は全て基本的に母子同室で授乳時間を決めない「自律授乳」をすでに取り入れていて、預かった時にスタッフがミルクを足す方針でした。
ところがそのミルクの補足量の判断に、かなり個人差があります。
生後2日の新生児に40mlも飲ませてしまうスタッフも、いまだにいます。
理由を聞くと、「それだけ飲んだから」というのです。
「生後日数+1×10ml」でも「生後日数×10ml」でもなく、たしかに「赤ちゃんが欲しがるときに、欲しいだけ」ではあります。
でも、これはさすがに生後2日の新生児とはどのような状況かあまり考えていないのだろうと思います。
10年ほど前に私が現在のクリニックで働き始めた時に、生後5日目のほとんど全員の新生児に1回80mlのミルクを補足しているのを見て、さすがに驚きました。
補足量そのものの多さもですが、新生児ひとりひとりの個別性が配慮されていないままであることに驚きました。
ミルクの量を多く飲ませるのは、年代にして60代より上の看護職に多い印象があるのは、やはりその時代に規則授乳の方法を学び、ミルクを足して「退院時には出生時体重に戻す」「1ヶ月健診では生まれた時から1kg増えている」ように求められていた時代の経験がそのままなのだろうと思います。
その時代の小児医療の方向性がそうだったのですから、個人個人の理解力の問題ではないと思います。
そして、それはやはり栄養状態が悪くて簡単に感染症にかかっていた時代を多少は肌で感じていた世代だったからではないかと思います。
この現在、60歳以上の世代が子どもの頃には、まだ国民皆保険でもなかったし、ましてや小児医療費無料の制度なんてありませんでしたから、子どもが生き延びるには体力勝負だった時代だったのでしょう。
何か、そのあたりも影響しているのでしょうか?
看護職の世代間の意識についても知りたいものです。
<「規則授乳」の施設もまだまだある>
前回の出産が別の施設だったお母さん達に前回の入院中の授乳方法を聞くと、3時間毎に授乳時間を決めて一定量のミルクを必ずのませる「規則授乳」をしている施設が今もまだまだあるようです。
それが全国でどのくらいの割合なのかはよくわからないのですが、それほどめずらしくない頻度でお母さん達から聞きます。
そういうお母さん方は、「自律授乳」と言われてとまどうようです。
たとえ退院後に自然と上の子を自律授乳で育てていたにもかかわらず、新生児に「自律授乳」といわれると正直どうしてよいかわからないようです。
あるいはお母さん自身も、ある程度授乳時間が決まっている方が助かる・・・という思いもあるのだろうと思います。
退院後には上の子の世話も待っている、そこに経産婦さんの大きな不安があるわけなので。
以前、自治体の新生児訪問をしていた時は、他の施設で出産されたお母さん達の退院後の様子を知る機会になりました。
入院中に規則授乳の方法しか教わらなくても、退院後にだんだんとお母さんと赤ちゃんなりのペースがつかめて自然と「自律授乳」になっていく方もいらっしゃいました。
ところが、赤ちゃんの成長・変化は「規則的」ではありませんから、大人が考えている規則的な変化から逸脱すると、どう対応してよいのかわからなくなってしまう、そんな印象を受ける方もいました。
特に、入院中に「母測(ぼそく)」といって、赤ちゃんの授乳前後の体重を測定して「飲んだ母乳量」を計算する方法を教えている施設から退院した方は、退院後も「どれだけ飲んだか」が不安で、自宅でも体重計で毎回母測をしていることもめずらしくありませんでした。
全国の産科施設でもまだまだ温度差がある、この「自律授乳」という言葉だけが先に受け入れられてしまったのは何故でしょうか?
この一言が、何を意味しているのか。
何が新生児にとって「自律」なのか。
その根本的な部分があやふやなままだからではないかと思います。
次回は、そんな「自律授乳」に定義はあるのか考えてみたいと思います。