自律授乳のあれこれ 13 <ラクテーションコンサルタント協会の「自律授乳」の定義のようなもの>

1980年代終り頃に私が助産師学校で使った教科書には、新生児に個性があるということが書かれていたことはこちらの記事で紹介しました。

新生児の行動を観察していると、その個性ある行動に気づく。

現代社会では「個性」という言葉は日常的に使われるので、「何を当たり前のことを書いているのだろう」と読み飛ばされてしまうかもしれません。


では、新生児に日々接している人たちの中で「新生児の個性」を具体的に挙げられる人はどれくらいいるでしょうか?


「新生児の個性」がどのような状況で開花していくのか。
それを言い換えると「新生児の自律」ではないかと思いますが、そういう全体像も明確になっていないなかで、「自律授乳」はどのように使われているのでしょうか。


<「児の欲求に基づく授乳」>


「母乳育児支援スタンダード」(日本ラクテーションコンサルタント協会、医学書院、2008年)の中にも、「自律授乳」の明確な定義は見つかりませんでした。


ただ、「児の欲求に基づく授乳」(p.32)に以下のように書かれていて、これが実質「自律授乳」を指しているようです。

 ステップ8は児の欲求に基づく無制限の授乳を勧めたもので、これは授乳回数だけでなく1回の授乳時間も含めたものである。母乳の産生は吸啜刺激と乳房から乳汁が児に摂取されることによって促がされ、授乳回数を制限しない自律授乳によって分泌は最も効果的に促進される。時間ごとの授乳は分泌を遅らせ、乳房緊満の原因にもなる。

 回数だけでなく1回の授乳に関する時間も必要はない。わが国では乳頭の痛みや傷を予防するという理由で、1回の授乳時間を制限しながら、左右の乳房を交互に飲ませる方法がよく行われている。しかし、乳頭トラブルの予防法として根拠があるとされるのは適切なラッチ・オンとポジショニングのみであり、授乳時間の長さではない。

「児の欲求に基づく無制限の授乳」「授乳回数だけでなく一回の授乳時間も制限しない」
これを「自律授乳」としているようです。


<授乳に関するさまざまな制限>


たしかに、1970年代〜80年代までは「一回の授乳は20分以内」「3時間はあける」あるいは「3時間以上間隔があかないようにして飲ませる」「片方5分以内で2往復」など、いろいろな考え方や方法がありました。


どれもこれといった明確な理由もよくわからずに、その施設の方針を見よう見まねで覚えてお母さん達に説明していたスタッフがほとんどではないかと思います。
あるいは桶谷式乳房管理やSMCその他、それぞれの経験から得た独自の理論が研修会や民間資格という形で広がっていきました。


「なぜ片方5分以内なのか」と疑問に思っても、「母乳は5分以内にほとんど分泌されてしまうのでそれ以上吸わせても意味がない」と断定的な答えしかありませんでした。
どうやって「5分以内に分泌が終わる」ことを検証したのだろうと、疑問をさしはさむ余地もないほど、数字は独り歩きして伝わってしまいます。


それらに比べれば、児の欲求にあわせて時間を制限しないことは本質的な方向と言えるのではないかと思います。


ただし、ラクテーション・コンサルタント協会の根拠を見ていくと、「新生児の自律」とは違う方向のように思えます。


<「自律授乳」の根拠となる仮説>


上記に引用した「児の欲求に基づく授乳」を読むと、授乳に限らず新生児の自律とはどのようなことかという観察から得られたことではなく、むしろ「母乳分泌の維持」「乳房トラブル予防」に関する仮説の有効性を主張することが目的になっているようです。



おそらく、ここ10年ほど時々目にするようになった「母乳生成のオートクリン・コントロール」という仮説がこの「自律授乳」の根底にあるのではないかと思っています。
オートクリン・コントロールとは以下のように説明されています。
(「よくわかる母乳育児」水野克己氏・水野紀子氏・瀬尾智子氏、へるす出版、2007年より)

 どれくらい児によって乳汁が飲み取られたかが、次の授乳までの乳汁産生を規定します。つまり、乳房が”空”に近くなればなるほど、次回の授乳までの産生が多くなるのです。乳房の張りが起こらないように頻繁に授乳をしていれば、乳汁産生は減少しないと考えられます。

この仮説の理由として、「乳汁産生抑制因子FIL」の存在があり、「乳汁が長時間たまるとその濃度が上昇し、乳汁産生を低下」させるというものです。
そういう結果がヤギの実験でわかったということのようです。


でも、日々接する新生児の成長と授乳のパターンも本当に多様です。


最初はかなりミルクの補足が多くても、1ヶ月頃あるいは3ヶ月頃から急に母乳だけになっていく赤ちゃんもしばしば経験します。
「制限なしに吸わせること」と「乳汁産生抑制因子の存在」では、説明がつかないような母乳分泌の増減があるわけです。


ラクテーション・コンサルタント協会の「自律授乳」の定義のようなものは、おそらく「半年までは母乳だけで」という目標達成のためだけに考えられた定義のように見えてしまうのです。


自律授乳とは何なのでしょうか?