看護基礎教育の大学化 16 <看護学をめぐる時代の移り変わり>

1970年代終わりの頃に看護学校に入学しましたが、前回の記事に書いたように看護学校の教員は実践の看護そのものを教えてくれていました。


最近こうしてブログの中で半世紀ほどの医療や看護の歴史を行ったりきたりして考えていて、あらためて私の学生時代というのは日本の病院看護のあけぼのの時代だったのだと思います。
国民皆保険ができて全ての国民にとって病院での治療が身近になって、まだわずか十数年だったのですから。


教科書も今思い浮かべると薄いものでした。
各診療科ごとの看護学が一応できていましたが、まだまだ看護実践を言語で表現することが追いついていなくて、簡単な記述が多かった記憶があります。
そして現在の書店の医療・看護コーナーのように豊富な資料や参考書もなく、教科書の行間を自分で考え実践するしかありませんでした。


あの時代の看護教員というのは、その言葉にならない看護実践を言語化することにおおいに貢献された方々だと思えるのです。


<1980年代後半>


1980年代後半になると、俄然、看護関係の本や雑誌が増えた記憶があります。


特に新しい治療法や検査あるいは医療機器が開発され、それに合わせた看護を豊富な図や写真で説明するマニュアルが必要とされ出版されました。
あるいは看護理論など概念的なものや、看護研究、病棟管理などの本も増えました。


わずか10年ほどなのに、隔世の感といえるほど1980年代は看護実践の言語化が進んだ時代だったといえるのかもしれません。


<1990年代から>


それまで研修というと院内での研修や勉強会、あるいは看護協会主催の研修がわずかにある程度だったような印象があるのですが、1990年代に入ると民間企業が主催する看護セミナーが多数、開かれるようになりました。


看護実践も目の前の患者さんへの看護だけではなく、社会の変化、社会が医療に求めることを敏感に感じ取って学ぶ必要が出てきた時代に入りました。
高額の参加料でも、夜勤明けで疲労困憊していても、こうしたセミナーで勉強することが求められ皆こぞって参加していました。


新たな看護の概念や方法論が紹介され、セミナーになり、「世の中に遅れてはいけない」と言う気分でそれぞれの病院に取り入れられていきました。
クリニカルパスもそのひとつでした。


<何かが足りない>


1970年代からの変化を考えると、看護関係の本も格段に増えました。


看護学生の頃から、月に1,2回は必ず大型書店の医療・看護コーナーに立ち寄って一通り見て回るのが好きでした。
役にたつ本もたくさんあり、日本の看護もわずか半世紀ほどでここまで実践が言語化され書物になっていることに変化の大きさを感じますし、それぞれの著者の文章にまとめる苦労にも思いを馳せています。


ただ、これほどあまたにある本なのに、いつも「探しているものがみつからない」というがっかり感で書店を後にしています。


それは看護実践の核となる看護業務基準と看護手順という、まったくもってシンプルなものなのですが、なかなかお目にかからないのです。


看護業務基準と看護手順とは何か。
そのあたり、次回に続きます。





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