帝王切開について考える 26 <「産み方は生き方」?>

帝王切開を受けるお母さんと赤ちゃんのケアに関するまとまった本というものがなかなかないことは、「専門書がほとんどない」で書きました。


その中で紹介した2冊の本以外に、ここ最近で帝王切開についての特集が「助産雑誌」2014年2月号(医学書院)にあります。「帝王切開のお産をケアしよう」という特集です。


助産雑誌」に関しては話題性をもとめる雑誌というのが私の中での位置づけなので、ほとんど購入することはありませんが、この号を買ったのは帝王切開術中に家族が立ち会い、そして術中の早期皮膚接触をしているクリニックの記事があったことと、「『お産を家族にかえす』当院での取り組み」という見出しの記事があったことが、私の中にひっかかったのでした。
ああ、また何か新しい言葉を作り出して、それまでの社会や医療を否定的にとらえる気持ちを生み出させてしまうのではないかと気になったのでした。


それはさておいて、この特集号の中の「帝王切開 最新の知識と取り巻く状況を概観する」という記事を最初に読んだ時になにか納得がいかない気持ちが残っていたのですが、こうして帝王切開について考える機会を得てから、そのもんもんとした理由が少しずつ見えてきました。


<「術後回復能力強化プログラム(ERAS:Enhanced Recovery After Surgery)」>


その記事では「術後回復能力強化プログラム」を中心に書かれています。
少し長いのですが、この術後回復能力強化プログラムについて書かれたこの記事を紹介していきます。

 近年、手術患者の術後回復を高めるために、新たな薬物やテクノロジーを導入するのではなく、多くのエビデンスを集約し、既存の医療行為やスキルを活用して周手術期管理を行うことで、早期回復、術後合併症の減少、在院日数の短縮および医療費の削減などをめざす術後回復能力強化プログラム(ERAS:イーラス)と呼ばれる取り組みが脚光をあびています。

早期回復や術後合併症の減少という部分はよいのですが、「在院日数の短縮および医療費の削減などをめざす」となるとどうしても私にはアメリカの医療の影の部分のほうが気になってしまいます。


さて、その記事では具体的に手術前後の絶飲食が見直されてきたことが書かれています。

 このプロトコル帝王切開のケアの改善にも大きく寄与するのが、手術前後の絶飲食時間の短縮です。米国麻酔学会の産科麻酔診療ガイドラインでは、予定帝王切開の術前においては「清澄水は麻酔開始2時間以上、軽食は6時間以上、脂質を多く含む食物・揚げ物・肉は8時間以上の絶食をとること」と記されています。

 現状では、多くの施設では前日夜9時以降絶食、12時以降は飲水も禁止となっていますが、これは慣習にすぎず、長時間の絶飲食で安全性が保たれるエビデンスはありません。術前2時間まで飲水を許可することで、血栓の増悪因子となる脱水を回避できるばかりでなく、お母さんの口渇感はなくなり、快適度が増すことが期待できます。


術前の絶飲食については、2012年7月に日本麻酔科学会からも「術前絶飲食ガイドラインが出されています。
その中では、「長時間の絶飲食は、患者に口渇感や空腹感などの苦痛を与え、脱水や周手術期の合併症を増やす可能性があり、近年多くの研究で短時間絶飲水の安全性と有効性が実証されてきた」とあります。


検索しても術前のガイドラインだけで、術後はいつから飲水や食事の開始になり、それが患者さんの回復にどのような影響があるかについては明確な指針はみつけられませんでした。


冒頭の記事では術後の経過について、筆者の施設での経験が以下のように書かれています。

 一方、術後ですが、結腸手術のプロトコルでは、腸蠕動音や腸内ガス排泄にかかわらず、術後2〜3時間からの積極的な経口補水を開始します。私たちの施設でも、かつては口渇を訴えた場合、ガーゼに水を浸して与えたり、氷をしゃぶってもらったりしたこともありましたが、今は覚醒していて誤飲の可能性が低い場合は、術後2時間から飲水可としたことで、口渇感がなくなり、術後点滴も減らすことができました


術後1日目の初回歩行が無事に終わり、食事も開始されていれば点滴量を減らしても良いのかもしれませんが、術当日から翌朝までの時期は口渇時に多少水を飲ませるようになったからといって、点滴量を減らせられるのだろうか、そしてそれが帝王切開のお母さんたちの回復にどのような影響をあたえるのだろうかと疑問が残った部分です。



<レイヤーの違う話>


その記事の「術後回復能力強化プログラムの概要」の表では、術後にどのようなポイントがあるかといえば「術後早期経口摂取」「静脈血栓予防」「消化管運動刺激」「悪心・嘔吐防止」「非ステロイド性抗炎症薬を使用する」「運動療法のパス」などが挙げられています。


つまり早めから水分や食事を開始し、適切に疼痛コントロールを行いながら早期離床を図ることです。
これはすでに1990年代からそのような方向になっていました。


これはムーアの学説でいえば、「術中から2〜4日の第1相障害期」から「障害期後1〜3日の第2相」あたりの順調な回復を目指すことが目的といえるのかもしれません。
その結果、医療費削減にもつながるかもしれませんが、それが目的ではなく、あくまでも手術を受けた方の順調な回復が目的であることを、まずケアする側は見誤ってはいけないと思います。


さて、冒頭の記事の筆者は以下のように書いています。

 その他、詳細は省きますが、術中・術後疼痛のコントロール、術後の頭痛、悪心・嘔吐対策が改善されることで、術後回復はより早まり、出産後の早期皮膚接触、早期授乳もスムーズに行えるようになります。さらに、手術翌日の朝には離床でき、尿管カテーテルを抜去され、腸内排泄にかかわらず翌日、遅くとも2日目には常食を摂取、手術創部は滅菌ドレッシングで覆うだけで、毎日の創部の消毒、包交がなくなり、術後2日目にはシャワーを浴びるなど、術後のQOLが向上することで、お母さんの回復能力がより高まり、母乳哺育の環境なども大きく改善され、お母さんが赤ちゃんと触れ合い、お世話をする時間が増えてきます


私が勤務していた病院では1990年代にはすでに、術前の絶飲食の部分を除いてはかなりこの筆者の書かれている術後のQOLに近い内容でのケアが行われていました。
でもだからといってムーアの学説にあるようなそれぞれの時期を短縮し、飛び越えて回復することはないのではないかと思います。


「お母さんが赤ちゃんと触れ合い、お世話をする」余裕が出るとすれば、入院が2週間だった時代のちょうど術後1週間ぐらいではないかと、経験的には思います。


術後早期回復と早期授乳はレイヤーの違う話といえるのではないでしょうか。


<「産み方は生き方」?>


この「帝王切開 最新の知識と取り巻く状況を概観する」では、以下の内容で結ばれています。

 産み方は生き方でもあります。母子が元気であればそれでよしではありません。幸い、最近の周術期ケアの変革は、お母さんと赤ちゃんに優しく、母乳育児支援を中心にしたものとなり、お母さんへのケアの内容、質も変わってきて、「帝王切開きちんとしたお産である」という認識を生むようになってきました。しかし残念ながら、こうした取り組みが実施されている施設はまだ少ないのが現状です。


たぶん、初めから「産み方は生き方」とか「帝王切開きちんとしたお産」というこだわりがないスタッフが多い病院であれば、ここまで面倒なことにはならなかっただけではないかと私は思います。


帝王切開をよく乗り越えましたね」「無事にお母さんと赤ちゃんがお産を終えてなにより」
心からそう思えるスタッフにケアをされていたら、「帝王切開で生んだから、母乳は頑張らなければ」とお母さんを追いつめることは少ないのではないかと。


安全と生理的欲求が満たされた上での、次の段階としての「母乳で育てたい」(自己実現)なのですから。