赤ちゃんに優しいとは 3 <「新生児を1人の人間として尊重する」とは>

前回紹介した「新生児ベーシックケア」(横尾京子氏、医学書院、2011年)の中に、「新生児ケアの視点」(p.20~)として「新生児を1人の人間として尊重する」「家族中心の新生児ケア」「生理的に逸脱しないよう予防的ケアを行う」の3つの考え方が書かれています。



「生理的に逸脱しないよう予防的ケアを行う」に関しては、以下のようなことが書かれていて、それは本質的な部分だと思います。

 新生児は、出生と同時に子宮外環境に適応していかなければならない。順調に適応できるよう新生児を支えるわけではあるが、重要なことは、新生児の生理的特徴や適応上の変化を理解し、環境調整や経時的観察による早期発見・早期対処によって、問題の発生や重症化を防止することである。知識不足のために、たとえば正期産児を低体温で入院させるような事態は避けなければならない。


知識不足だけでなく、必要な準備もいらないという思い込みも、こんなことを起こす原因にもなることでしょう。


ただ、こういう本質的な部分は一見、言葉での理論化が容易にされやすいのですが、現実の臨床実践では難しくなる理由、それを学問的に解決して欲しいと日頃から思います。


「適応上の変化を理解」と「経時的観察」。
新生児の看護に関しては、排泄と授乳のタイミングさえ観察がされていないのが現状ではないでしょうか。


<「新生児を1人の人間として尊重する」>


さて、「新生児を1人の人間として尊重する」について今回は考えてみたいと思います。
少し長いのですが、全文を紹介します。

第1章でも述べたが、新生児ケアで最も大切にすべきことは「新生児を1人の人間として尊重する」ことと考えている。看護者の倫理綱領、第1章には、「看護者は、人間の生命、人間としての尊厳及び権利を尊重する」とある。では、新生児にとって人間の尊厳とはどういうことだろうか。それは新生児にこそ大いにあり、誰にも代わることができない固有の存在であることはもちろん、無限の可能性、何にでもなり得るという可能性がどのような新生児にも与えられているがゆえと考える。

何をしても泣き止まない、泣きわめく新生児にお手上げ状態になることが少なくない。それでも、見放すことなく、新生児の表現や反応の意味をわかろうと繰り返し努力することが親や周りの大人には求められる。非言語的コミュニケーションを成立させるための忍耐と努力、言い替えると、新生児を新生児の立場でわかろうとすることは、新生児を1人の人間として尊重する行為の象徴的行為である。

新生児を1人の人間として尊重するとは、その個性や可能性を大切にして育てていくことであり、それは人間の未来を創造し、人間社会に希望をもたらす存在に他ならない。


こういう「理念」を出すには、「新生児が1人の人間として尊重されていない」事実を感じたからだと思います。


ざっと読んだ限りでは、「推薦の序」に書かれているあたりが、その事実のひとつのようです。

赤ちゃんの体(主に足)に取り違え防止に油性ペンで名前を書くことに関し、3歳の姉が「おかしい」と言ったことを取り上げ、本人確認という業務上は当たり前という感覚でやっていたことが、実はその小さな姉がいみじくも言い当てたごとく、赤ちゃんを物のように扱っていたのではないか、という反省をうながしている。


これは本文中(p.61)に書かれているのですが、赤ちゃんの取り違え防止のために「昭和43年(1968)に新生児個別方式法の基準が作成され、『児体に直接記入する方法』が第2標識として推奨されている」という、半世紀ほど前の方法です。


私が勤務してきた病院では、すでに市販のネームバンドを装着していたので、油性ペンで書き込むことは経験した事がありません。このエピソードはいつぐらいの話なのか、最近までそういう施設があるとすれば、やはりそれは新生児に対する感覚の鈍さを指摘されてもしかたがないかもしれません。


ただ、他に新生児を尊重していないことの具体的な内容は書かれていませんでした。


<理念と現実の齟齬>


「新生児を1人の人として尊重する」といった理念が先行すると、ケアの実践者は「私が行っていることは新生児を尊重していないのではないか」という気持ちに行動が傾きやすいかもしれません。


出生直後にインファントウオーマーで保温し、新生児の全身を観察することさえ、「母親と引き離している」のではないかと不安にさせることでしょう。
「早く、母子接触をさせてあげなければ」
「はやく授乳をさせてあげなければ」
「啼いているのは母親から離れているせいだ」



ところが、母親の胸の上にのせるともっと激しく啼いてのけぞることがあります。
乳首に近づけるとさらに激しく啼いて吸うどころではない新生児が時々います。


「早期接触という新生児の権利の機会を奪ってしまった」のでしょうか?


こんな新生児もやや縦抱きにして見ると啼き声のトーンが下がり、2〜3分もすると啼きやみます。
そしてまた10分〜20分ぐらいで激しく啼くことがほとんどです。
頑なに口を閉じて、おっぱいを吸おうとはしません。


こういう赤ちゃんは、だいたい生後数時間以内ぐらいには初回の胎便を出します。
分娩直後に吸わないのには吸わない理由があり、個性というよりはそういうパターンの赤ちゃんたちもいるということが、観察をしてみればわかることでしょう。


さらにこういう「理念」に母乳育児とか母子相互作用という方法論が結びつくと、新生児の観察の目が曇ってしまうのではないでしょうか。


新生児を大事にするためには、まだまだ私たちの観察自体が不十分であることを認める必要があるのではないかと思っています。




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