助産師の「開業権」とは何か  6   <母乳相談・乳房マッサージ>

<乳房マッサージの法的根拠とは>


最近は街を歩いていてもいたるところに「○○マッサージ」の看板がありますが、ここ数年「代替療法」を調べている中で初めてこのマッサージという表現に法的な規制があることを知りました。(医療従事者としては不見識で恥ずかしいのですが)


wikipediaの「マッサージ」より引用します。

日本においては元々按摩が用いられていた。
明治時代、軍医である橋本乗晃がフランスのマッサージを視察し研究した。その後、日本にマッサージを医療法のひとつとして導入された。
現在、運動前後に筋肉を解すためにマッサージをすることも多い。
現在の「あん摩マッサージ師、はり師、きゅう師等に関する法律」において、あん摩マッサージ指圧師免許もしくは医師免許(共に国家資格)がなければ日本においてマッサージ業として行うことはできない、とされている。


では、助産師の「乳房マッサージ」の法的根拠はどのようになっているのでしょうか。
助産師業務要覧の「助産師の業務権」の中の乳房マッサージの部分(p.25)を、長くなりますが全文引用します。

4)乳房マッサージ
助産師が病院または診療所以外の場所(助産所または自宅あるいは出張の形式)で、当該助産師の介助以外の褥婦または一般女性を対象として、乳汁の分泌促進または分泌過多の乳汁うっ滞による疼痛緩和の目的で、乳房マッサージを業とする場合、1.助産師がこれを業とすることができるかどうか、2.医師の指示または紹介があった場合、助産師がこれを業とすることができるかどうかが問題となるが、これには通達がある。


助産婦が乳房マッサージを業とすることについて」(昭和35年6月13日医発第468号)によると、「乳房マッサージは、妊婦またはじょく婦に対して保健指導の範囲で行うものであれば、助産婦の本来の業務内容の一部であって、(同法3条)、助産婦は、同法38条に規定する場合を除いては、医師の指示を受けないでこれを行うことができ、傷病者又はじょく婦に対して療養上の世話又は診療の補助の範囲で行うものであれば、看護婦の業務として、同法第31条第2項の規定により、これを行うことができる(ただし、同法附則第52条第4項に規定する者を除く)。また、一般婦人の意味が明確でないが、授乳期にある婦人に対し、保健婦の名称を用いないで、乳汁促進等の指導を行うことは、助産婦にとって禁止されていることではない」とされている。


<現在行われている助産師による乳房マッサージの法的整合性をどう考えるか>


1.「妊婦またはじょく婦に対して保健指導の範囲で行うものであれば」


妊娠中からの「乳房の手入れ」「乳管開通操作」などの指導が、妊婦に対する保健指導に該当するのではないかと思います。
ただし、妊娠中からのこうした乳房管理が効果があるかどうかに関しては検証不足だと私は考えています。ちなみに私の勤務先では妊娠中の「指導」はしませんが、特に問題はありません。
このあたりももし開業の中で「妊婦さんへの指導料金」を設定しているのであれば、本当にその金額を受け取ることは正当なことであるか、助産師内できちんと検証をする必要があるのではないでしょうか。



2.傷病者又はじょく婦に対して療養上の世話又は診療の補助の範囲で行うもの


なぜいきなり「傷病者・・・」の表現が出てくるのか医療外の方には驚かれるかもしれませんが、これは看護師の業の定義からきています。

「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじょく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする。

産科病棟に勤務する看護師は、この法的根拠によってじょく婦の乳房に触れてうつ乳軽減のための搾乳などの処置をすることが許されています。あるいは、乳腺炎で受診した授乳期の女性のうつ乳軽減のための搾乳も「医師の指示のもとに」「傷病者にたいする療養上の世話又は診療の補助」として実施することができます。


助産師の場合には、妊娠中からじょく婦まで正常な経過であれば医師の指示を必要とすることなく開業の業務の保健指導の範囲として、直接乳房への処置を実施することができます。


では上記の引用文にある「同法38条に規定されている部分を除いては」の同法38条とはどのようなことでしょうか。

保健師助産師看護師法第38条
(異常妊産婦等の処置禁止)
助産師は、妊婦、産婦、じょく婦、胎児又は新生児に異常があると認めたときは、医師の診察を求めさせることを要し、自らこれらの者に対して処置をしてはならない。ただし臨時応急の手当てについては、この限りではない。


つまり「乳腺炎」というのはすでに正常を逸脱した状態ですから、自らの判断で対応してはいけないということです。
これは、開業助産所だけでなく医療機関に勤務する助産師も同様です。
病院によっては「初期の乳腺炎の対応は助産師に任せた」という産科医の先生もいらっしゃいます。それは、院内でのルールがあれば問題ないと思います。


最近ようやく日本助産師会が母乳育児支援業務基準の中で乳腺炎についての基準づくりを始めたようです。
乳腺炎ではないか」と相談に来られたお母さんたちがいたら、まずは医師の診察を受けるように対応し、医師から乳房マッサージを勧められたら受け入れて対応するというのが、法的には正しいのではないでしょうか。


開業助産所乳腺炎に対してマッサージを受けたあと悪化して受診される方もいます。そして驚くのは、開業助産所で医師の処方が必要なはずの消炎剤や、「分泌過多」という理由で利尿効果のある漢方薬を渡されていた方もいらっしゃいます。


そして乳腺炎に対して乳房マッサージが効果があるのか、逆に悪化させる場合もあるのではないかなど、検証不足なのが現実です。
ちなみに、私の勤務先では、ほとんどが授乳方法へのアドバイスで改善しています。直接乳房に手を出す必要がある場合にも、搾乳程度で、しかも痛くないように搾ることでマッサージはしていません。


「分泌不足」「分泌過多」という表現も、医学的には明確にはなっていません。場合によっては「異常」であり、助産師独自の判断で対応することが許されない場合もあります。また、その場合でも乳房マッサージを介さなくても対応が可能なことがほとんどです。


また、20代初産が9割近くを占めていた私が助産師になった頃は、授乳期の乳房のしこりで乳がんを疑うことはごくごくまれという意識でした。
ところがここ10年ほどで急激に産婦さんの平均年齢が上昇して、30代の産婦さんが半数以上を占めるようになりました。
乳がんの発症年齢と産婦さんの年齢が重なっている現代では、安易に助産師の判断だけで「乳房管理」をすることはとても危険だと日々感じます。



3.「じょく婦」、「一般婦人」


もう一度、法的に認められている助産師の業務を書いてみます。

助産又は、妊婦、じょく婦もしくは新生児の保健指導を行うことを業とする


じょく婦というのは通常産褥2ヶ月までの女性を指します。
助産所や自宅分娩でその助産師が介助したじょく婦であれば、助産師に認められた保健指導の一部として含まれるが、それ以外のじょく婦あるいは授乳期の女性に対して開業助産師の業としての法的根拠はどうかが問題となり、昭和35年の通達が出たと考えられます。


マッサージがなぜ国家資格での位置づけとなり、医師あるいはあん摩マッサージ指圧師免許を必要とするかといえば、直接人の身体に触れ、力をかけたりさすったり何らかの行為をすることになるので、安全に実施するには基本的な医学の知識が必要となるからだと思います。


ですからよくわからないのが、上記で引用した助産師業務要覧の「一般婦人の意味が明確ではないが、授乳期にある婦人に対し、保健婦の名称を用いないで、乳汁促進等の指導を行うことは、助産婦にとって禁止されている行為ではないとされている。」という最後の一文です。


助産師の業として、つまり独立した助産所業務として許される保健指導は法的にはあくまでも産後2ヶ月までのじょく婦なので、それ以降の授乳期の女性に対応することは法的に認められているわけではないけれど「禁止されている行為ではない」というぼかした表現になってしまうのでしょう。



助産師の業務を死守するために法律を拡大解釈するのではなく、時代の変化に応じて、より安全な医療を提供するためには業務への規制を行うという厳しい姿勢こそ助産師には必要だと思います。


次回は、開業助産所の中で「乳房マッサージ」がいつからどのように広がったのか、考えてみたいと思います。




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