境界線のあれこれ 12 <産褥乳腺炎>

これまで母乳と食事について1980年代ごろからの変遷を書いてきました。


なぜ、「乳質」とか「サラサラのおっぱい」などを求める助産師がいたかといえば、もしかしたら乳腺炎の対応に本当に苦慮してきたからではないかという気もするのです。


部分的に硬結ができて痛みと40度ぐらいの発熱や全身倦怠感など、一度乳腺炎にかかった方は二度とかかりたくないと思う辛さではないかと思います。


ただこの段階の乳腺炎は、私たちにすれば比較的、日常的に遭遇します。


怖いのは膿瘍を形成して、外科的に切開排膿が必要になるほどの乳腺炎です。
これほどの乳腺炎を常時受け入れている施設以外では、医師・助産師ともに一生のうちに何人、体験するかどうかという程度の確率ではないかと思います。


私自身も二十数年間の中で、切開・排膿まで必要になった方は、私が勤務した施設で直接関わった方では数人もいませんし、過去に切開・排膿した経験があるというお母さんたちを含めても数人程度です。
同僚の中には一度も見たことがない助産師もいるくらいです。


こうしたひどい乳腺炎を起こさないために、個々の助産師がそれぞれの観察と仮説から試行錯誤してきたのだろうと思います。


乳腺炎の分類と対応>


現在、産褥乳腺炎は考え方や対応がだいぶ整理されて、「周産期医学必修知識 第7版」(東京医学社、2011年)では以下のように分類されています。

乳汁うっ滞、うっ滞性乳腺炎


 乳汁がうっ滞した乳腺実質部分を中心に局所的な発赤、腫脹および疼痛を呈する。時には硬結を触れ、局所の熱感を感じる場合もある。全身症状として発熱を伴う場合もあるが、一般に全身状態は良好であり(以下略)

実際的な判断では、産後すぐの乳房うっ積やその後の乳汁うっ滞と、退院後に片側におこる「乳腺炎」はこれを指しています。


現在では、原因は「不十分な乳汁排出」であり、「乳管の閉塞を起こさないように、児の吸啜(きゅうてつ)が十分に行えるような児の抱き方、適切な授乳方法や搾乳などの指導も大切」という対応方法まで考え方が整理されました。


この時点ではまだ感染が起きているわけではないので内服薬は不要であり、飲ませ方や冷罨法での対応が主になります。授乳が困難になるほど強い腫脹の場合には、助産師・看護師による搾乳で排乳させることもあります。

この「排乳」を「マッサージ」と呼んだり「マッサージをしてもらった」と受け止める方もいらっしゃると思いますが、要は搾乳ですから何か特別なマッサージが必要なわけではありません。


さらに、このうっ滞性乳腺炎が改善されないと、化膿性乳腺炎へと悪化します。

化膿性乳腺炎

うっ滞性乳腺炎に細菌感染を伴うと2次的に化膿性乳腺炎と進展する。乳管開口部からの逆行性の乳管、乳腺実質への感染による実質性乳腺炎、乳頭の裂傷部からの乳腺間質への感染による間質性乳腺炎に分けられる。


主に、片側性の局所的な発熱、腫脹、疼痛、熱感や硬結を呈するが、悪寒、戦慄を伴う高熱をきたす場合もある。

ただし、実際には細菌培養検査をするわけではないので、うっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎というのははっきり区別できるわけではないと思います。


症状もかなり硬結が続いても発熱しない方もあれば、少し硬くなったと感じた直後に高熱を伴う方もいらっしゃって、どれが典型的がともいいがたいものです。
いずれにしても、医師と相談しながら内服の要・不要、対応を考えていきます。


こうした乳腺炎がさらに悪化したものが、乳腺膿瘍といわれるものです。

乳腺膿瘍


化膿性乳腺炎による感染部が限局した膿瘍を皮下や実質内に形成し、乳腺膿瘍を呈する。


膿瘍の大きさや場所に合わせて、注射針やメスなどにより、穿刺あるいは適切な大きさでの切開を加える。膿瘍が大きく、膿、乳汁の排液量が多い場合など、穿刺だけでは排膿が難しい場合が多く、そのような場合には、十分な切開とペンローズドレーンやガーゼドレーンの留置による切開部の早期閉鎖を防ぐことも重要である。

1990年代、私が勤務した総合病院では「乳腺炎」の判断も対応方法も助産師に任されていました。
どこまでが乳汁排出が妨げられた単なるうっ滞性乳腺炎なのか、どこからが化膿性乳腺炎で医師の介入が必要なのか、実際には明確な境界線を引けるものではありません。


化膿性乳腺炎として医師が抗生物質や消炎剤を処方しても、その硬結が改善するまでの対応は助産師に一任されていました。
なかなか硬結が改善されず、硬結のあった部分がしだいに「ブヨブヨ」とした感触になると膿瘍を形成したことになります。


どの時点が化膿性乳腺炎なのか、どの時点が乳腺膿瘍で外科的な処置が必要になるのか、そこもまた境界線のない試行錯誤の繰り返しでした。


なんとか予防できるものは予防したい。
そんなところから「乳腺を詰まらせないための食事」が重要だという見方(仮説)がでてきたのではないかと思います。






「境界線のあれこれ」まとめはこちら