出産の正常と異常について考えたこと 4 <正常分娩急変時のガイドライン>

助産所業務ガイドラインというものがあります。
2004年から始まって、5年毎に見直しをするということで現在は2009年の改訂版のようです。
助産所業務ガイドライン2009年改訂版
http://www.midwife.or.jp/pdf/guideline/guideline.pdf
(現在は「2014年版」に差し替えられているようです。2018年3月11日時点)



その中の「助産所における分娩の適応リスト」に関しては、多くの助産所のHPに掲載されているのでよく目にします。


では「正常分娩急変時のガイドライン(分娩時・産褥期発症)」と「同(新生児期発症」のガイドラインはどれぐらいの方がご存知でしょうか。
助産所や自宅分娩を選択された方々で、このガイドラインの存在と詳細を説明された方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。


助産所や自宅分娩のリスクはきちんと理解して選択しました」とネット上でも書かれている方を目にしますが、おそらく本当に理解するというのは難しいことだと思います。


<急変時のガイドライン


言葉の頭に「正常分娩」とついているので危機感を感じさせなくなる可能性があるかもしれません。
「正常分娩」を取ったら「急変時のガイドライン」です。


普段の生活で、生命の危機にいたるような身体の「急変」を意識して生活をしていらっしゃる方はどれくらいいることでしょうか。
たとえば昨年1年間の交通事故は69万件、死傷者は85万人ぐらい(そのうち死亡は4600人)ですが、最も身近は生命の危険である交通事故でさえも「自分は大丈夫」というような生活感覚ではないかと思います。


たとえば外出先で、目の前で誰かが気分が悪くなって倒れたとします。
そのような「急変」に遭遇したら救急対応を学んだ機会のある人ででも相当緊張するし、救急隊の到着が待ち遠しいことでしょう。
また普通なら、こうした「急変」には遭遇したくないと思うことでしょう。


どんな分娩でも、たとえ正常に妊娠・分娩が経過していても母と子の二人の命に急変が起き得るという内容が書かれているのが「正常分娩急変時のガイドライン」です。
助産所や自宅分娩を選択する方は、その急変に耐えられるだけの度胸をもっていらっしゃるのでしょうか。




<生命の危険を本当に想像できているか>


具体的に「正常分娩急変時のガイドライン」の項目を見ていきましょう。
「異常出血(多量の出血、凝固しない出血」という項目があります。
この項目ひとつをとっても、医師のいないところでもし自分にそのようなことが起きたらと考えただけで怖くなるのではないかと思います。


こちらにコメントをくださるhaccaさんのお産の時の様子が「助産院は安全?」の記事にあります。haccaさんにはつらい過去を思い出させてしまうことで大変申し訳ありませんが、紹介させてくださいね。
「危機感のない助産師ー自宅出産・女児死亡」2009年11月18日
http://jyosanin.blog78.fc2.com/blog-entry-370.html


haccaさんの場合は、ガイドラインの「異常出血」の中の「常位胎盤早期剥離」だった可能性が高いようです。
haccaさんの場合外出血よりも過強陣痛がサインだったのですが、途中の破水が「赤かった」(血性羊水)ことも異常出血の可能性ととらえられるものでした。
といってもそれは「後だしじゃんけん」にすぎないし、コメント欄でsuzanさんが指摘されているように、常位胎盤早期剥離であれば医療機関で発症しても白花ちゃんを救命できなかった可能性が高いものです。


haccaさんの経過を読んで怖いと感じたのは、自宅でその急変に遭遇したときに担当助産師が白花ちゃんを医療機関へ連れて行って、haccaさんは自宅に一人になっていたことです。
常位胎盤早期剥離であれば、胎児死亡だけでなく場合によってはDICといってさらに出血傾向が高くなり母体の全身状態が急激に悪化することは産科に勤務していれば基本中の基本といってよい知識です。
助産所や自宅分娩のマンパワーが少ない状況では、母子二人の救命救急に十分対応できないと思います。
haccaさんがその時に命を失わずに済んだことは、まさに奇跡的なことと言えるでしょう。


「正常分娩急変時のガイドライン(分娩中・産褥期発症)」「同(新生児期発症)」にあげられている項目ひとつひとつを見ていくと、医療機関で医師と共に働いていても怖い項目や緊急対応を要する項目がたくさんあります。


「リスクも理解して助産所や自宅分娩を選択しました」という方は本当にそうだったのか、もう一度、そっとでいいので心の中で問い直して欲しいと思っています。


<「速やかに嘱託医療機関へ搬送」で大丈夫か?>


「正常分娩急変時のガイドライン」では、「母体の症状」あるいは「新生児の症状」への対応として「速やかに嘱託医療機関へ搬送」としています。


分娩時の異常で最も日常的に経験し怖いもののひとつが分娩後異常出血ですが、2009年に国際医療センター戸山病院から出された「開業助産師から分娩後異常出血のために当科へ搬送された症例に関する検討」という論文がネット上でも公開されています。
http://jsog-k.jp/journal/pdf/046040341.pdf


論文は2006年から2008年までに開業助産所から搬送された異常出血6例について検討したものです。
「母体の背景」で6例中5例が、RH(-)、妊娠性血小板減少症など、助産所業務ガイドラインを逸脱していたことは驚愕としかいいようがないことです。


ただたとえガイドラインを遵守していたとしても異常出血は予測できないものですが、搬送到着までの平均時間が3.8時間かかり、搬送前の平均出血量が787.8ml、2例は1000ml以上になってから搬送、そして搬送後の出血と合わせると総出血量は結局1500ml以上になり4例に輸血を実施したという点で、医師のいない出産場所から医療機関へ「速やかに搬送」する限界がわかるのではないかと思います。


<正常に経過している分娩でも急変があることへの「再発防止策」>


産科医側はこうしたデーターを出しながら、やんわりと「急変に備えて」医療機関で出産しましょうと警告を出しているのだと思います。


1950年代ぐらいまで自宅での出産、医師どころか助産婦さえも立ち会うことのない出産が多かった時代に、多くのお母さんや新生児が亡くなっていました。
一人でもお母さんや赤ちゃんがお産で命を失うことのないようにという再発防止策が、医療機関での出産となったといえるでしょう。


これだけ世の中で何か事故が起きると「再発防止策」を求められる時代に、なぜ出産になると後戻りが許容され支持されてしまうのでしょうか。


正常な出産にも急変があるといいつつ「速やかに搬送」で大丈夫と主張することはいかに根拠のない自信に基づいたことであるかを助産師側が認めない限り、この先ずっと「正常なお産は助産師で」といい続けることでしょう。
そろそろ、助産師はそういう周産期医療にとっては不毛なこだわりを捨てる時期に来ているはずだと私は思うのです。



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