院内助産とは 25 <達人助産師>

前回、ベナーによる看護師の5段階について書きましたが、せっかくなので全ての段階についてご紹介しようと思います。
もともとはDreyfusモデルという、哲学者と数学者の兄弟がパイロットやチェスプレイヤーがどのように技能を獲得していくか、そのプロセスを明らかにする目的で開発されたものが参考にされているそうです。


新人(Advanced Beginner)
新人は「かろうじて受け入れられる仕事ができるようになった段階」。
新卒看護師から卒後2年以内の看護師をさす。初心者に比べていくらか経験があるので、ガイドラインに基き与えられた課題を遂行することはできる。
部分的な状況に応じて自分で優先順位を決めることや、省いてもよいところを省略することは困難である。
何を優先させるか決める際には、経験者の助言が必要である。
また患者のニードを反応よりも看護師としての能力の観点からみており、教えられたルールを思い起こすことに集中してしまう。

一人前(Competent)
この段階は同じまたは類似した状況で2〜3年ぐらい仕事をした看護師があてはまる。
一人前の看護師は直面した状況を整理し、問題を分析し、ある程度の予測をもとに計画したり行動したりすることができる。
一人前の看護師は一通りの経験を持っているため、看護の場面での統率力はあるし、問題対処能力、管理能力も持っているが、中堅看護師のような柔軟性やスピードといった面は欠けている。


このあと、中堅看護師、達人看護師のレベルになっていきます。


その日の勤務メンバーのレベルによって、仕事のやりやすさの違いが歴然としているのは誰しも経験していることだと思います。
少なくとも一人前以上のスタッフだと、ほぼ、あうんの呼吸で仕事が進んでいきます。
また前の勤務帯のスタッフが熟練したスタッフだと、次の勤務帯の仕事まで予測して準備されているので本当にやりやすいものです。


ただ単に「仕事を片付ける」ということではなくて、そのお母さんと赤ちゃんの心身のサポートに何が必要かきちんと予測できて、みんなでより良い仕事ができたという実感と達成感があります。


そこに新人助産師や新しく配属されて慣れていないスタッフが入ると、そのスタッフが失敗しないように、そしてお母さんと赤ちゃんに不十分なケアや説明のままではないかと目配りをする必要が出てくるので、仕事量が倍以上になったような気持ちになります。


でも私たちも同じ道を通り、影に日向にサポートされて育ててもらってきたのでそうして後輩を育てるのは当然のことであり、大変さは倍になってもやり遂げたときにはそれはそれで充実感もあるものです。


<達人(Expert)への道>


さて、ベナーは「達人(Expert)」レベルの看護師をどのように表現しているのでしょうか。

この段階の看護師は中堅以上となるが、一口に何年の経験を積めば達人看護師になれるかという明確な表現はできない。
達人看護師は背後に豊富な経験を有しているため、状況を直感的に把握し、他の診断や解決方法があるのではないかと苦慮することなく、正確な方法に照準をあわせることができる。
また達人看護師の特徴として、患者に傾倒すること(commitment)、状況に巻き込まれること(involvement)があげられる。


私自身は・・・と考えた時に中堅以上であると思いますし、分娩入院をした産婦さんのそれまでの妊娠経過、また表情や陣痛の程度あるいは分娩監視装置のデーターから、だいたい分娩経過予測ができます。
ぱっと見ただけでだいたいわかるという感じです。


あるいは緊急対応が必要な経過も予測して、スタッフ全員が集中してその状況を乗り越えられるように管理的にも必要な準備も時期を逸することなくできるようになってきました。


また産婦さんの一言から、家族背景に至るまでおおよその問題点を把握し、問題解決のための援助や退院後に必要なアドバイスまで実施できるようになりました。


では、私は「達人助産師」かというと、やはり「達人」というのは達成しえない究極のレベルなのだと考えています。


それは、なぜでしょうか。
答えはベナーの「初心者(Novice)」にあると思います。

初心者は置かれた状況に対して経験がないために、原理原則に則った行動はかなり限定され柔軟性もない。
また期待される行動もとれない。
初心者はその状況に直面したことがないために、対処方法のガイドラインがあれば一通りの行動はできるが、実際の状況下で何を優先にするか判断できない。
この初心者には看護学生があてはまるが、また、高いレベルの技能を持つ看護師でも経験したことのない状況におかれれば、初心者のレベルに分類されるのではないかとベナーは考えている。


私自身はNICUの勤務経験がないので、たとえばクリニックから新生児搬送をする際の観察や最新のケア方法はNICU経験のある助産師のほうがたとえ臨床経験が少なくても勝っているかもしれません。
私が経験していない部分は、初心者として経験している人に学ぶことは大事です。


また、妊娠・出産時の異常についても、まだまだ経験したことのない疾患があります。
その対処法も、医学の進歩とともに変化します。


時代の変化により、私たちが対象とする妊産婦さんの条件や環境も変化し、新たな対応を求められます。
その変化に対しては常に新たな初心者として望むことになります。


私が一生かかっても経験することができないほど「正常から急変する異常」はあり、新たに経験することはいつも初心者として医師とともに対応する必要があります。



助産師にとっていつでも初心者になり得る状況がある限り、最低限、医師がいる場所で分娩を取り扱う必要があると思います。


その自らの能力の限界を知り、万全をつくせるかどうか。
それが「達人」になれないにしても「達人」に近づく道なのかもしれません。





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