医療介入とは 93 <「医療を使わない助産」のようなものの幻想と幻滅>

「写真でわかる助産技術」
(監修 平澤恵美子、村上睦子、インターメディカ、2012年3月)
サブタイトルが「・・・妊産婦の主体性を大切にしたケア、安全で母子に優しい助産のわざ・・・」とあります。


「医療介入とは」の記事を書くために書店で見つけたもので、こちらこちらの記事などで引用しました。


たしかに写真が多く、特に初学者にはわかりやすいと思います。


日本赤十字看護大学、大学院の教授が監修しているので、おそらく撮影場所は新築の日本赤十字医療センターかと思います。
分娩時の緊急対応から新生児の蘇生法まで、最新の設備や方法がわかりやすく書かれています。


ところが、「妊産婦に対する基本的な助産技術」「分娩時の助産技術」「新生児期の助産技術」の3部構成のうち、なぜか「妊産婦に対する基本的な助産技術」だけは助産院での撮影、開業助産師による説明になっています。


「問診」は和室の診察室で行われていて、お腹の大きい妊婦さんが正座をしている写真に、窮屈そうな姿勢だなぁという違和感を感じました。
そしてトラウベでの胎児心音聴取の写真が・・・。


まぁいいですけれど、問題は助産技術と代替療法が混然とした内容であることです。
ある意味「自律した助産師」という屈折した職業像が見えてくるようなテキストといえるかもしれません。


<手技療法と医業類似行為>


「レオポルド」「ザイツ法」といった腹部の触診法の説明までは、写真とともにわかりやすい構成ではあると思います。


ところが「全身の触診」では、「マッサージの技法を取り入れながら全身に触れることで、各部の凝りの有無を確認し、日常生活の見直しを行い、改善への気づきをする」という説明になっています。


そして「1.足の裏全体を大まかに指圧する」「2.足首の内回転・外回転を行う」「3.下肢後面の触診・マッサージ」「4.下肢内側・外側の触診・マッサージ」「5.手掌の指圧」「6.上肢内側の触診・マッサージ」「7.両肩の押し開き」「7.両下肢開脚の左右差を観察」(7がダブっているのは原文どおり)「8.頭全体の触診・マッサージ」「9.耳介の触診・マッサージ」「10.胸鎖乳突筋の停止部、顎間接、頚部の触診・マッサージ」「11.軽く頚部を牽引してストレッチ」「12.背部の触診・マッサージ」とあります。


妊婦さんは大きなお腹を支えるので、肩や背中が凝るし、足もつりやすいので適度な圧でさすってもらうと気持ちがよいことでしょう。


ただし、その行為に「触診」をしてなんらかの医学的な判断をして日常生活へのアドバイスを行うとなると、それはあきらかに助産師の業を越えたものになります。
特に「指圧、マッサージ」という表現は、医業類似行為のあはき法に抵触する可能性もあります。


その具体的な「日常生活の見直し」「改善への気づき」という部分をいくつかあげてみます。

3.下肢後面の触診・マッサージ
⇒足首を固定し、軽く牽引しながら、足首から臀部に向かって行う。膝の裏に凝り、痛みがある場合は、腰痛との関連を聞き、妊娠後期の姿勢や立ち振る舞い、冷えを改善する。

5.手掌の指圧
⇒温冷・乾湿などを確認する。足は冷たくても、手は温かい人が多い。
冷たい場合は、日常生活を確認し、冷えの解消につながる提案をする。

POINT 唾液腺の部分が硬い場合
・咀嚼回数が少ないと、唾液腺の分泌不足により、硬く触れる
・一口ずつを味わいながら、30回はかんでみるように勧める。

触っただけで、そんなにわかるものでしょうか?
現在のところ、このような所見と対応法は科学的根拠があるというほどには検証もされていないということしかいえないと思います。


このわかりやすさが、ニセ科学的な道へまっしぐらという感じがあるのですが。


<妊娠中の助産技術と代替療法


「冷え」という表現も医学的に明確な定義がないことは、このあたりから書きました。
どういう状態が「冷え」なのか。
「冷え」と感じる人はいると思いますが、それは本当にデメリットだけなのか。
よくわかっていない表現だと思います。


その「触診」のページでは、「冷えを解消する工夫」が書かれています。
いくつか当たり障りのない内容とともに、以下の一文が。

・自分の土地で採れたもの(身土不ニ)を食べる


これでは、とても根拠のある助産技術という内容ではないものです。
これはマクロビオティックからきている考え方ですね。


ちなみにこの助産院は首都圏のど真ん中にあります。
妊産婦さんに、身土不ニを実践されているのでしょうか?
その冷えに対する効果は、どのように検証されているのでしょうか?


この本の中では、この妊娠中の部分だけ代替療法的な考え方が「助産技術」として取上げられています。


妊婦さんには気休め的な代替療法でも「よかった」と思ってもらえるかもしれないけれど、分娩中と新生児に対して、特に救命救急的なことには代替療法は使いようもないから妊娠中限定の「助産技術」にならざるを得ないのでしょう。


助産師教育はどこへいくのか>


さて、この本でおおいにがっかり、というより絶望的な気分にさせられたことがふたつあります。


ひとつは、上記の助産院はホメオパシー助産師に広げた故鴫原助産師が働いてきたところであったにもかかわらず、あのビタミンK2レメディの事件後も社会的な責任が問われることがないままであったことです。


にもかかわらず、あの事件後わずか2年半後には「助産技術」のテキストに採用される、しかも今度はマクロビを取り入れて。


助産師の世界では、禊(みそぎ)が済んでもっと活躍してくださいという立場の人なのかもしれません。


そしてもうひとつがっかりしたのは、今までなんどか客観的記述で感銘を受けたと紹介してきた、私の助産婦学校時代の教科書を書かれた方々が編者であったことです。
特にこちらの記事では救急処置に関して以下のように書き、学生を育ててきた人たちです。

助産婦として救急に応じた優先度を決め、医師への報告、救急処置をするためには、理論に基づく観察、判断と正確な看護技術が要求される

日本の助産師教育はどこへいくのだろう。