出産直後にはほとんどにじむぐらいしか出ていなかった母乳が産後2〜3日もすると急に出始めると、お母さん達は本当に驚かれ、そして「自分の体から出ているもので赤ちゃんが育つことが信じられない」とおっしゃいます。
その気持ちは喜びであったり、不安であったり複雑な思いであることでしょう。
とりわけ、「母乳の品質」が自分の食生活に直結しているように感じられる不安や責任感のようなものが強くなる方もいらっしゃることでしょう。
妊娠・出産というのは、食生活を見直す良い機会になります。
食べ過ぎていたり反対に食べなさ過ぎていたり、偏った食品を多くとったりといったバランスの悪い食事を変えていく動機づけになります。
料理が得意になる必要はないけれど、食品に関心を持つことでよりよい食事がとれるように少しずつ生活を変える良い機会です。
10ヶ月の妊娠期間とその後の半年という猶予期間のなかで自分の食生活を少しでも変えられれば、離乳食が始る頃には赤ちゃんにもよい食事を準備してあげられることでしょう。
ただ、アレルギーや食品の安全性への不安、あるいは「おいしい母乳を飲んでいる赤ちゃんの特徴」といった表現が、特定の食事療法や民間療法への入り口になる可能性があります。
<「自然食品」とは何か>
1999年に医学書院から出版された「臨床助産婦必携ー生命と文化をふまえた支援」の「褥婦と支援」の栄養の項では以下のように書かれています。
産褥期における食事は、乳汁分泌を促進させることを考慮して、バランスの良い食品を摂取することが必要であり、産褥期の栄養所要量に基づいてとらせる。
特に食事で制限させる必要もないが過食にならないよう、誤った考えをもたせないよう、食事について正しい認識を持たせる。
ここまでは問題はなく、全くその通りだと思います。
その後は、以下のような文章が続いています。
とくにアレルギー体質の人は子どもにアレルギー素因をおこさせないために、牛乳・卵は加熱して摂取するように指導する。
またレトルト食品などをとらないよう、授乳中は自然食品を多くとるように心がけさせる。
アレルギーやレトルト食品に関しては後日改めて書きたいと考えていますが、なぜ「自然食品」だったのでしょうか?
<「自然なお産」と助産師の「アイデンティティ」探し>
10数年前にこの本が出版された頃、助産師の業務全般をまとめた書物としてはとても貴重な本でしたので、すぐに購入しました。
ただ、副題に「生命と文化をふまえた支援」とあるように、1980年代から1990年代の「自然なお産」への動きに大きく影響された本であったといえるでしょう。
「序」は以下のような文から始っています。
我が国の古来からの生命誕生の中で、その生命の尊重ゆえに分娩を守り、妊婦、褥婦を守り続けていた助産婦(古くは産婆)の活動は、決して小さいものではない。
たしかに昔から取り上げ婆さんと言われる分娩介助者の存在はありましたが、「産婆」「助産婦」という教育を受けた有資格者はこちらに書いたように明治時代に入ってからのものです。
とくにその活動は地域に根ざし家族に目を向けながら、妊娠・分娩・産褥・育児と一貫した保健管理を展開してきました。
こうした家族・社会に根をおろした母性の保健管理がその古き良きものまでが失われ、病院施設中心の母性管理へと移行してしまっているのは、いかにも口惜しい。
この書は自然の人間の生殖の営みが、科学の進歩という恩恵を浴しながら、あくまで人間学的要素が阻害されることなく、生理的で正常範囲にあるものの分野はそのまま自然の原理にそって、科学的支持を推進してゆけるよう整理し、書き記したつもりである。
購入当時は私自身も「自然なお産」に傾倒していたので、「自然食品をとる」とか「病院施設中心の母性管理へと移行してしまっているのは、いかにも口惜しい」などの表現は目に入らず、疑問にも思いませんでした。
今読み返すと、助産師の業務を標準化したものというよりは、「助産師のアイデンティティ」のためのプロパガンダ本だなと思います。
<「授乳中は自然食品をとる」の先にあるもの>
さて、その「人間学的要素が阻害されることなく、生理的で正常範囲にあるものの分野はそのまま自然の摂理にそって、科学的支持を推進してゆけるよう」といいう方向性は、助産師をどのように動かしていたでしょうか。
「助産師とマクロビのつながり」に書いたように、「自然食品=マクロビ」もそのひとつです。
子どもの症状への不安から、マクロビやホメオパシーなどに入り込ませる手助けを助産師がしたといえるでしょう。
行き着く先は、「薬も病院にも頼らないナチュラルな子育て」のような極端な考え方、とても「科学的支持」を得られることのないことを広めることになってしまいました。
「母乳のあれこれ」まとめはこちら。