水のあれこれ 175 崖線

今日のタイトル、「がいせん」と打ち込んでも、Macでは一発で漢字に転換できません。あまり馴染みのない言葉かもしれませんね。

国分寺崖線を知ってから私も読めるようになったのですが、毎回、「がけ」「せん」と打ち込みながら、いつ頃この読み方を知ったのだろうと思い返しています。

 

こういう用語があったのを初めて知ったときにも、私はすぐに情景が思い浮かびました。

ただの「崖」でもなく、湧き水の情景とともにでした。

それは私が子どもの頃に、こんこんと水が湧き上がる泉や沢で遊んでいたからです。

 

裏山の中で遊んでいたのですが、子どもだけでそんな場所に行って大丈夫だったのか、大人は心配だったのではないかと思い出しているのですが、子どもにとったらとても奥深い「秘密基地」だったけれど、大人からは目が届くぐらいの場所だったのかもしれませんね。

山肌というのはところどころ急に崖になっていたり、突然と枯葉の間に水が溜まって、小さな沢が始まったりしている場所があります。

あれが「崖線」のようなものだと、つながったのです。

 

「多摩川由来の崖線の緑の保全に向けてのガイドライン」に説明があります。

崖線とは 

河川が長い間に台地を侵食して形成した崖地の連なりが「崖線」です。崖線の緑は、身近に湧水や動植物などに触れられる貴重な空間であることから、都市においては大切な緑であり、都市の緑の骨格です。

 

多摩川由来の崖線 

多摩川由来の崖線は、多摩川の浸食によって形成された段丘のうち、立川面と青柳面や拝島面等の上下にできた崖の連なりです。また、当協議会では青梅市日向和田から調布市布田までの緑を、具体的な保全方策を示す区域としています。

 

航空地図で見ると、多摩川由来の崖線の緑は途切れ途切れのように見えたのですが、東京都都市整備局の別の資料によると、平成23年の時点では、都内にはこの多摩川由来を含めて「大小約40カ所、延長230kmに及ぶ崖線が存在しており、その45%が緑で覆われているという現状が明らかになっている」そうです。

 

協議会の資料の中に、「崖線の歴史を今に伝える名木・大木」として以下のように書かれています。

崖線の上下、すなわち大地の端部や低地と崖線が接する所には、崖線の緑と一体となった寺社が多くあります。また、崖線と低地の接する端部では、かつての農業用水や玉川上水に架かる橋や堀跡等もみられ、こういった人々の暮らしのなごりも多く残されています。 

 

ほんとうに、2018年ごろから国分寺崖線のあちこちを歩いてきましたが、崖線はまさに歴史の教科書のようです。

 

こうして東京都を始め多くの人の手で大切に崖線が守られていることに、おおげさでなく、こんな大事なことを知らないまま生きていたことを恥じるような気持ちになっています。

 

 

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