水のあれこれ 231 黄瀬川と本宿用水、そして新幹線

少しあいだがあきましたが、黄瀬川と狩野川周辺を歩く2日目の記録です。

 

JR三島駅の南側250mのところに、新幹線の車窓からまるで渓谷のような大場川が見えますが、この川のそばもいつか歩いてみたいと思い今回の1日目の計画に入れてみたのですが、無理な計画でした。

ただ、裾野駅に向かうバス路線がこの右岸側を通っていたので、深い場所を流れていることがわかりました。

 

「おおばがわ」かと思ったら、大場川(だいばがわ)と読むようです。

この大場川と黄瀬川にはさまれて三島の市街地があり、三島駅から1.5kmぐらい西で新幹線は黄瀬川を通過するのですが、なぜかあまりこの黄瀬川が車窓から見えた記憶がありません。

 

黄瀬川のそばへ行って、通過する新幹線を見たいというのが2日目の最初の計画です。

そして黄瀬川の左岸に「本宿」という地名がありました。本宿用水(ほんじゅくようすい)が潤してきた地域でしょうか。

 

*新幹線の高架橋に沿って黄瀬川へ*

 

昨日の真っ青な空とはうってかわって曇り空で、富士山も雲の中です。底冷えのする中、8時20分にチェックアウトして歩き始めました。

 

新幹線の高架橋を目指して歩くと、御嶽堂公園のあたりに小さな水田がありました。

そばを静かに新幹線が通過していきます。

高架橋に沿って歩くと200mほどで水が流れている音が聞こえ、地図に載っている水色の線は、高架橋を貫いて流れている戸狩川でした。

そのあとは用水路らしき水色の線は描かれていないのですが、よく見ると高架橋を貫いてところどころ暗渠が通っている場所がありました。

あっという間に通過してしまう三島ですが、北から南へ流れる数本の用水路の上を走っていたようです。

 

高架橋に沿って数百メートル歩いたあたりから、地面が一段下がり始め、高架橋を通っている暗渠のたびに、少しずつ黄瀬川に向かって下がっていました。

長泉町立南小学校のグラウンドが道路よりもぐんと低くなっているのは、河岸段丘でしょうか。

その先の東海道本線の踏切を渡り、まっすぐ高架橋に沿って歩くと地図では黄瀬川にぶつかるはずでしたが、実際には一旦高架橋の下を通って北側へ迂回しなければ行けないようで、わかりにくい場所でした。

 

黄瀬川は両岸ともに堤防はなく、数メートルぐらいの崖のようになっていて柵が張られ、そのギリギリまで家が建っていました。

新幹線の線路の南側に、いつも車窓から見ていた不思議な場所がありました。

黄瀬川の直前でぶっつりと終わっている高架橋で、回送列車が待機するのでしょうか。

そばをまた、静かに新幹線が通過していきました。

 

現在はほとんどが住宅地で水田がところどころ残るぐらいでしたが、本宿の街の雰囲気がわかり満足しながら次の場所へ向かうと、本宿交差点にある花壇が暗渠を利用したものであることがわかりました。

ここを本宿用水が流れていたのでしょうか。

 

冬でも水量が多そうな黄瀬川がそばを流れていても、このあたりに水を得ることができなかった地形が少し理解できました。

17世紀に本宿用水が作られてからの、この辺りの変化や歴史はどんな感じだったのでしょう。

 

ここから3kmほど、緩やかに蛇行しながら流れて狩野川に合流します。

いつか合流部まで歩いてみよう。また計画ができました。

 

 

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