帝王切開について考える 4 <ケアの標準化の難しさ・・・たとえば術後のシャワー>

帝王切開術後のケアについて、一部分ではだいぶケアの標準化が進みました。
その背景には、こちらの記事で紹介したクリニカルパスが浸透したこともあると思います。


90年代以前は、他の病院では手術後何時間ごろからどのように歩行開始をしているのだろう、何日目からシャワーに入ってもらうのだろうといった基本的な情報さえなかなか手に入りませんでした。


各施設がこのパスを作り公開する機会が多くなったので、ケアの標準化が進んだ一面があるのだと思います。
手術前日から退院までの流れは、手術を受ける妊婦さんだけでなく私たち看護スタッフにも明瞭になりました。


ところが、そのクリニカルパスに書かれているケアの根拠はなんだろうという点になると、なんだかあやふやなことが多いし、探してもそのケアがそう決められた経緯もよくわからないことが多いものです。


たとえば1980年代終わり頃、帝王切開術後に初めてシャワーに入れるのは術後1週間ぐらい経過してからでした。
現在では、術後2日目ぐらいからシャワーに毎日入れる施設が多いのではないかと推測しています。


この変化の背景には、ひとつはこちらの記事に書いたようにシャワーがようやく普及し始めた時代でしたし、病院ではまだ患者さんの入浴日が週に3日とか限られていたこともあると思います。


1980年代ごろから日本人も毎日お風呂に入ることが当たり前になるなかで、病院の施設や対応が一足遅れていたといえるでしょう。


もうひとつは、「手術後にシャワーや入浴が体に与える変化(デメリット)」に対してよくわからないので、慎重にせざるをなかったということもあるのかもしれません。
「多少汗臭くなっても、手術後の回復のほうが大事。ちゃんと創がふさがってからお風呂に入ればよい」という感じ。


帝王切開術をはじめ外科手術が日本国内で広く行われるようになったのは、1960年代の国民皆保険制度以降ですから、わずか20年ぐらいでは「標準化」も難しかったのかもしれないと今は思い返しています。
日本の現代医療と看護の歴史なんて本当に浅いのだと。


<「アメリカではこうしている」が標準化の後押しになる?>


90年ごろを境にして、医療の現場では「アメリカではこうしているから」ということが変化の後押しになることが増えてきた印象です。
たとえば冒頭のクリニカルパスもそのひとつ。あるいはさまざまな看護論や看護診断もそうかもしれません。


1990年代に入って私が勤務していた病院でも、帝王切開術後のシャワー開始が少しずつ早くなりました。
最初はがっちりと防水テープを貼って傷がぬれないようにして、術後3日か4日目ごろからだったと記憶しています。


なぜ3〜4日からかという理由ははっきりしていなくて、1日目からシャワーはさすがにあり得ないし、まあ髪を洗わないことに我慢ができる限界あたりといったものではないかと思います。


そのうちに手術後2日目から、しかも創も覆わなくてもよいという方法へ変化したのが2000年代前後でした。
この背景には、創傷管理の変化があると思います。


ただ、臨床現場ではどちらかというと「アメリカでは帝王切開でも翌日にシャワーを浴びて、2日ぐらいで退院だから(大丈夫)」という「根拠」をけっこう耳にしました。


たしかに大勢のアメリカの帝王切開術後の方たちがそれで問題がないのなら、「シャワー開始を早くしてもしなくても術後の回復は変わらない」わけですから、根拠なのかもしれませんが。


<方法論は広がるけれど、実際はどうなのだろう>


現在は帝王切開術後2日目にシャワーに入れる施設がほとんどではないかと思うのですが、これも推測でしかなく、案外、こういう「事実はどうか」という統計さえありません。


「黒船がやってきた(アメリカではこうだから)」で臨床のケアが変わったとしても、結果的にお母さんたちの快適性がよくなったのは喜ばしいと思います。


ただ、看護スタッフとして術後のお母さんたちの体の変化を観察し続けた上で導かれた方法ではないのではないかと思います。



「看護論は科学でなければならない」の記事で、薄井担子氏の本から以下の部分を紹介しました。

科学とは事象の中にひそむ法則性をすくいあげて一般化した記載

帝王切開術後クリニカルパスの2日目に「シャワー開始」を記載している産科施設は多いのではないかと思いますが、たとえば「帝王切開術後2日目の褥婦」とは平均してどのような状態なのでしょうか。
一般化された記述を探してみましたが見つけられませんでした。


経験的には「術後1日目では歩行だけでもふらついたり疲労感が強いけれど、2日目ならシャワーに耐えられそう」とは思います。


医学・看護学の書籍を多く扱っている書店で、看護学生・助産学生向けの教科書を一通り読んでみましたが、帝王切開手術直後から退院までどのような安静・休息が必要なのかということが書かれた本がありませんでした。


そこが明確にされないから、手術直後から母子同室とか、手術当日から翌朝まで休んでいる母親を起こしてまで授乳をすることに疑問を持たなくなってしまうのではないでしょうか。


次回は、私が1980年代末に使った教科書に「帝王切開術後の看護」がどのように書かれていたのか見てみようと思います。