帝王切開について考える 17 <「母性」という言葉>

なぜ帝王切開術後のケアについて手術中から授乳をしたり、帰室直後から母子同室を始める分娩施設があるのでしょうか。


おそらく、キーワードは「母性」なのではないかと感じています。


ところで、30年以上前に私が看護学生の時の教科書は「産婦人科看護」ではなく、「母性看護学」でした。
最近はだいぶこの「母性看護」という言葉が少なくなり、「産婦人科看護」や「ウイメンズヘルス」といった言葉に置き換えられています。


他の看護でいえば、「乳腺外科の看護」「腫瘍内科の看護」「周手術期の看護」など、無機質ともいえる呼び名なのです。
産婦人科領域のケアを何と呼ぶか。それだけでも、他科にはない独特な世界があります。


たとえば「ウイメンズヘルスケア」に関してはなぜ日本語に置き換えられなかったのかはわかりませんが、「助産師は母子のみならず、女性の生涯における性と生殖に関わる相談や教育活動」への業務拡大を目指した世界的な政治活動が背景にあるのかもしれません。


また「母性看護」という表現が少なくなってきた背景には、出産を家族のものとしてとらえるようになってきたこともあるのかもしれません。


いずれにしても出産・育児を扱う産婦人科看護というのはさまざまな思想に大きな影響を受けるところが他の看護領域と大きく異なるところかもしれません。


<「母性」ってなんだろう>


勤務先で時々手伝ってくださる70代後半の先生は、新生児をあやすのがとても上手です。いっぱい話しかけて、泣く子も黙る感じです。
本当に楽しそうに心から新生児が可愛いと思っていらっしゃるのが伝わってきます。
きっと30年ぐらい前のまだ現役の頃には、そんな表情は新生児には見せなかったことでしょう。
おそらく「おじいちゃん」の気持ちなのだと思います。


私も50代に入ってから、突然、新生児を見ると涙がでそうになりました。
それまでもそれなりに新生児は可愛いと思っていたのですが、その気持ちとはまた違う愛おしさを感じるのです。
出産に駆けつけてこられた産婦さんや夫のご両親が、孫を見てメロメロになっている気持ちがよくわかるようになりました。


時には障害や奇形を持って産まれた赤ちゃんにも出会いますが、生きてここにいるそのことに無条件に可愛いと思える心境の変化です。


「母性」なんて言葉でひとくくりにしたら、この人間のもっと奥深くから沸き上がってくる気持ちの変化は伝わらなくてもったいないなと思います。

母性とは、女性が持っているといわれている、母親としての性質。また、子を生み育てる母親としての機能のこと。

これは本当にあるのだろうか。
そこから疑っていかないと、いつまでもこの言葉の呪縛に取り憑かれてしまうことでしょう。
どんなに「議論」が広がっても、それは気持ちのぶつけ合いになっていくだけの話。



帝王切開術の術直後という、産婦さんにとっては自身の生命が危機的な状況にいつでもなる段階から「母乳育児支援」を始めるようになったのは、この「母性」という言葉が根強く残っているからではないかと私には思えるのです。