帝王切開について考える 18 <「帝王切開が育児行動に与える影響」より>

今回は、こちらの記事で紹介した「周産期医学」の「特集 帝王切開ー母と新生児に与えるインパクト」(2010年10月号、東京医学社)に掲載されている「帝王切開が育児行動に与える影響」から考えてみようと思います。


「はじめに」では、以下のように「分娩様式がその後の育児にどの程度影響するかを知ることは難しい」と書かれています。

最近、経膣分娩の適応が厳しくなり、骨盤位、多胎、前回帝切などほとんどが帝王切開の適応とする傾向が強まっている。帝王切開を頂点とする医学介入の程度により、母子関係、親子関係、その後の親の育児行動について系統的に調べられたものは少ない。

もともと、育児行動の多くは自分自身の親子関係、それに基づくカップルの子供への認知・対応の差、親の子ども時代の被養育体験などにより、その基本が作られる。その基本に親の妊娠・出産体験、その後の父親・母親の子どものもって生まれた情動的対応特性などが絡んで、複雑なものにしている。従って、分娩様式がその後の育児にどの程度影響するかを知ることは極めて難しいといえる。

上記以外にも、経済状態や手伝いの有無など親にどれだけ心身のゆとりがあるかも大きな影響を与えることでしょう。


複雑すぎて、「産み方や育て方(授乳方法)」だけではなんともいえないのだと思います。


<「赤ちゃんに優しい病院」での調査より>


さて、この記事は「2004年〜2006年の3年間に40カ所の『赤ちゃんに優しい病院』で出産した母親」の「自然経膣分娩2,760名」と「帝王切開分娩520名」に対して産後1ヶ月健診時のアンケート結果をもとに書かれているようです。


このアンケート調査をどう読むかという専門的なことは私にはわからないのですが、記事の小見出しに「母性意識」という言葉が使われていたので気になったのでした。


そこには以下のように書かれています。

母親になったと意識された時期は経膣分娩では「生んだ瞬間」43.7%、「乳首を吸われて」32.5%、「出産直後の皮膚接触」31.4%、「抱っこして泣き止んだ時」25.0%、「授乳がうまくいって」10.3%であったが、帝王切開では「乳首を吸われて」41.3%が最も多く、ついで「生んだ瞬間」40%、「抱っこして泣き止んだ時」29.2%、「出産直後の皮膚接触」19.6%、「授乳がうまくいって」14%であった。

これは帝王切開であっても出産が母親となったと意識される瞬間であることはいうまでもないが、「乳首を吸われて」「授乳がうまくいって」という母親としての授乳体験が外科的医療介入である帝王切開でしか我が子を生めなかった女性が母親としての機能の回復を求めていることを意味しているのだろう

また経膣分娩に比較して出産直後の皮膚接触の順位が低いのは麻酔の影響で意識化されづらく、施行時間が短くならざるを得ないこと、breast crawlingという母親の乳房に新生児が自発的に動いていき、乳輪に吸着する行動を体験することが少ないことなどが理由にあげられる。


なるほど、こういう論考が下地になって、手術中にも新生児におっぱいを吸い付かせたり、帰室直後から授乳に連れて行くことが広がったのかもしれませんね。


でも「母親になったと意識された時期」って、とても答えづらい設問ですよね。
筆記回答なら、白紙に近い回答が増えそうな感じです。しかも産後1か月の寝不足で朦朧としている時に質問されるのですから。
回答に選択肢があれば、適当に○をつける人も多いのではないでしょうか。


<「豊かな出産体験」とは?>



それにしても「帝王切開でしか我が子を生めなかった女性」という見方をする周産期関係者もいるのかと、そのことが驚きでした。


「おわりに」では以下のように締めくくられています。少し長いですが、全文を紹介します。

 出産はその後の育児をエンパワーすることで、女性のライフサイクルを豊かにする体験となる。豊かな出産体験が育児に取り組むための身体的・心理的変化・成長に寄与するともいえる。したがって、帝王切開の場合には母子関係に否定的な影響を与え、育児に積極的に取り組めないことがあることが知られ、両価的母性行動が見られることが報告されている。出産体験の満足度が低く、母親になる満足度が低下するといわれている。特に出産直後の健康な育児行動の基本である母乳栄養については疼痛と疲労、母子関係の形成がスムーズでない、麻酔の影響、哺乳瓶授乳となりがちなために困難を伴うことが多いとされているが、我々の調査でも母乳育児率が低いことが注目される。母乳育児では母子間の言語外言語でのコミュニケーションを行う傾向があり、母親は乳幼児の欲求を何気なく受け入れる傾向があるが、人工乳で育てている母親は規律的育児を行う傾向があるといわれており、今後の育児の方向性を決める一つの鍵となる可能性がある。
 また、出産にかかわる自己評価が低くなる傾向があり、産後うつのトリガーとなり得るともいわれており、我々の調査でもその傾向の一部が確認された。帝王切開に対する不安の多くは手術に対する心構え、自分自身の安全性に対する不安、児の安全性に対する不安、麻酔に対する不安などが影響するといわれ、特に緊急帝王切開ではこれらの因子が強く働くといわれている。
 帝王切開分娩の母親に対しては身体的・精神的なケアが不可欠であり、質の高いケアを受けた女性は育児に前向きに取り組むことも知られていることから、単に産科学的適応のみにとらわれなく、産前・出産時・産後の質のよい個別的ケアの提供こそがその後の育児に肯定的な影響を与えると考えられた。


「分娩様式がその後の育児にどの程度影響するかを知ることは極めて難しい」はずなのですけれど、なぜこの結論が導き出されるのかよくわかりませんでした。


でもなんだか「母性」の幻想があるような印象を受けました。


最後の一文はその通りだと思います。
そのあたりをこれから少しずつ考えていきたいと思います。