事実とは何か 38 <「キレる高齢者」は本当に増えたのか?>

NHK NEWS WEBに「キレる高齢者増えた?その訳は・・・」(2017年7月28日)という記事がありました。


「病院の会計でキレる」「自動販売機でキレる」「子どもに注意されてキレる」「荷物を当てられてキレる」などの「目撃談」から、ひとっ飛びに「カッとなって起こりだし感情を理性でコントロールできなくなる状態」は「脳機能の低下」から来る可能性に結びつけられています。
そして、結論として、「『加齢による変化』があることを自覚したうえで、日常生活の中でなにか不快なことがあっても一拍置き、相手の身になって考える余裕が必要なのかもしれません」と書かれています。


「キレる」とはどんな状況なのでしょうか?
本当にキレる高齢者が増えたのでしょうか?
もし、増えていたとしても本当に老化が原因なのでしょうか?
ちょっと、安易な記事ではないかという印象を受けました。



<「キレる」という言葉が増え出した時代>



「キレる」という言葉を耳にし始めたのはたしか90年代だったのではないかと、当時、私がその言葉と現象にかなり戸惑いを感じた場面がいろいろと思い出されてきました。
Wikipedia「キレる」の「社会問題」にはこう書かれています。

1990年代初期に「若者がキレやすくなった」とマスコミで言われるようになり、一種の「若者に対するレッテル」として社会問題化して扱われることがあった。

当時、総合病院に勤務していて、医療従事者と患者との関係がそれまでのパターナリズムから大きく変化し始めていた時期でした。
接遇という言葉が医療現場に浸透し始めたのもこの頃です。


ところが、反対に患者さんやご家族が医療機関内で「キレる」ことが増えて、時にスタッフの身に危険を感じる状況が起こるようになりました。


院内で、怒鳴ったり暴れたりする方が珍しくなくなりました。
特に夜間救急に突然来て、「調子が悪いから来たのに何故観てくれないのか」「なぜ入院させないのか」など怒鳴ったり、時には医師やスタッフに殴りかかろうとする人もいました。
まったく理不尽なのですが、自分が納得がいかないとキレるようです。


私も2回ほど、実際に警察へ通報したことがあります。
日中ならまだスタッフも多いのですが、夜間救急は医師と女性看護師と事務しかいませんから、この頃から病院に警備員を配置する施設が増えたのではないかと思います。


また暴言や暴力だけでなく、「納得がいかない」と誰かを掴まえて延々と苦情を言い、こちらが譲歩して謝罪しても長時間にわたって、あるいはスタッフを変えて何度も苦情を言う方もいます。
内容は「正論」ではあるのですが、現実の社会というのは正論がなかなか通じない中で折り合っていることに、ご自身が譲歩できない印象です。


あるいは、気に入らないスタッフの勤務時には点滴を自分で抜いて暴れたり、自分がいかに「そのスタッフが気に入らないか」をアピールしようとする方もいらっしゃいました。
他の患者さんやスタッフからみても、特に問題があったわけではないのに、なにか気に入らないようです。


あくまでも私の印象ですが、「礼儀正しい日本人」と思い込んでいた社会が、一気に変貌したと感じた90年代でした。


当時、キレた方々の年代はまさに20代から30代の方々で、「キレる若者が増えた」という印象でした。


Wikipediaの説明には、さらにこう書かれています。

近年では、「キレやすい老人」「暴走老人」と言われる老人、または「モンスターペアレント」といった子育てをする「キレやすい」中年世代も出現し、若者に限らず「キレる」という現象が議論されている。

つまり、キレやすいのは高齢者だけでなくどの世代もであり、あの90年代に何か社会の中での人間関係のあり方が変化したので、それぞれの世代が葛藤を持っている。
そのあたりにヒントがあるのではないかと私には思えるのですが、こういう社会の現象を読み解くのは容易なことではないかもしれません。


そういう複雑な状況を安易に「切れる」という言葉だけで表現しようとしたり、各世代に対するイメージでレッテルを貼ると、事実は遠ざかってしまうようにも思います。


ましてや脳機能や加齢に答えを求めるのは、拙速ではないかと冒頭の記事を読んでもやもやしたのでした。




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