小金がまわる 16 「金融リテラシーの向上」?

老後に2000万円をめぐって、報告書を認める認めないであさっての方向へ向いている印象ですね。

 

「2000万も必要なのか」に驚いた人もいるかもしれないけれど、2009年に「ねんきん定期便」が始まる以前から「月に数万円ぐらいは貯金を切り崩していくことになりそう」という予測はありましたから、どちらかというと「何を今さら」「夫婦二人で月五万円じゃあ足りないよ」というあたりですね。

 

両親を見ていると、夫婦二人で自宅で暮らしている間は「二人で数万円」でも何とかなるかもしれませんが、どちらかが施設に入ると自宅分と施設分で住居費などの生活費が2倍になり、さらに二人が施設に入り自宅も残っていると誰も住んでいない自宅の維持費もかかります。

 

「夫婦二人」を基準にした年金制度のあり方が、すでに現実問題とは違うなあという、報告書とのズレに驚いています。

年金や老後の問題は、あくまでも「個人」を単位に考える必要があるのに、それを認めたくないあたりかと。

 

そして改めて「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書 『高齢社会における資産形成・管理』」を読んでみると、やっぱり20年前ぐらい前からすでに言われていた内容なのではないかと驚くのですが、その中でも「金融リテラシーの向上」という言葉が使われていることがとてもひっかかりました。

 

*母の「金融リテラシー」*

 

私が小学生だった1960年代から70年代ごろ、母は年に1回ぐらい私を連れて東京駅の近くにある某信託会社へ行っていました。

小学生だったので銀行と何が違うのかよくわからなかったのですが、銀行の窓口とは違って個別の部屋に通されて、母がなんだかとてもお金持ちに見えたのでした。

 

公務員だった父の給料で、どうやって信託銀行に投資していたのかというと、おそらく当時の銀行利子だったのではないかと思います。

私が新卒として働き出した頃の1980年代初頭は、普通預金の利子も2%ぐらい、定期預金だと数%もあったと記憶しています。まだ貯金額は少なかったけれど、「もし100万円を定期預金に預ければ5万円の利子」と想像してはウキウキしていました。

 

その後、あの信託投資をどうしたいるのが尋ねることもなかったのですが、両親がとうとう自力で金銭管理できない状態になってから、「母なりに工夫して貯金や保険を管理していた、いくつもの通帳」の中にはありませんでした。

 

その代わり、「お父さんの年金に頼ってはいけないと思って国民年金基金に入っていたから、今少額でもお金が入ることがありがたい」と言っています。

 

金利の時代になり、リスクのある投資はやめて母なりにその時代に応じた対応を探していたのだと思います。

そして、地方では郵便局やJAバンクの方々とのつながりが強いですから、相談しながらやりくりしていたようです。父の死後の手続きでそれらの支所に行った時、どれだけ母が貯金や生命保険のことでお世話になっていたのか、よくわかりました。

そういえば、そういう地元に密着した郵便局を「ぶっ壊す」政治家もいましたね。

そんな時代の変化に合わせて、今の高齢者も生きてきたのだと思います。

 

 

「金融リテラシー」ってなんだろう。

 

まあ、私は患者さんに向かって「健康リテラシーの向上」なんて使わないし、その人個人の生活に合わせて一緒に考えていくしかないと思うのですが。

 

 

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