散歩や遠出をしても水のある風景を見ることができれば満足なので、計画の段階でもあまり「絶対にこれを食べよう」といった強い思いもなく出かけて、その時の気分で食べたいものを食べています。
結局、親子丼のセットになったり、時間がなければコンビニのおにぎりがあれば全然大丈夫です。
ところが今回の北陸の散歩では、帰宅してから「食べ忘れた」と日に日に思いが強まっているものがあります。
金沢の治部煮です。
鴨肉(もしくは鶏肉)をそぎ切りにして小麦粉をまぶし、だし汁に醤油、砂糖、みりん、酒を合わせたもので鴨肉、麩(金沢特産の「すだれ麩」)、しいたけ、青菜(せりなど)を煮てできる。肉にまぶした粉がうまみを閉じ込めると同時に汁にとろみをつける。薬味はわさびを使う。本来は小鳥を用いるとされ、その際は丸ごとすり潰してひき肉状にし、これをつくねのように固めたものを煮立てたという。
初めて食べたのが高校の修学旅行でしたから、おそらく鴨肉なんて高級品ではなく鶏肉だったのではないかと思います。
とろみのだし汁とわさびの組み合わせがなぜか気に入って、家に帰ってからも何度か作った記憶があります。今のようにすぐに検索できるわけではないので、自分の記憶を頼りに料理を見よう見まねで再現したのでした。
材料を『じぶじぶ』と煎りつけるようにして作ることから呼ばれた。
この説明を当時聞いた記憶がありますが、「豊臣秀吉の兵糧奉行だった阿部治部右衛門 が朝鮮から持ち込んだことに因んで呼ばれた」という説もあるのですね。「フランス料理のジビエから変化した」ともありますが、1970年代当時でもジビエという言葉を日本人で知っている人はごくまれだったでしょうから、この説は後付けのような気もしますね。
あの 江戸時代の獣肉食が禁止された時代には、この治部煮はどうやって引き継がれてきたのでしょうか。
材料を見るだけでも庶民向けの料理ではなかったことでしょうから、1970年代には高校生が修学旅行で食べられるまで日本の食生活は豊かになっていたという意味を、半世紀たった今になって実感しています。
それにしても、あんなに美味しかったと記憶に残る治部煮を思い出すこともなく、金沢を通り過ぎてしまいました。
ああ、残念!
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