水のあれこれ 244 防府市内の水路沿いに歩く

1日目の出だしから大幅に計画変更になり、13時23分、予定よりも2時間ほど早く防府駅に到着しました。

日差しが強く、まるで初夏のようです。

さっそくお昼ご飯を食べようと駅周辺を歩きましたが開いているお店がなく、疲れ切って近くの公園のベンチに座りました。非常食のおにぎりを持っていてよかった、と涼しい木陰に座って食べました。

今日は予定通りには行かない事ばかりですが、街中にゆったりとした公園があり、落ち着いた街に元気が出てきました。

 

地図では北側に山、南側へはずっと干拓地の平地が続いているように見える防府駅周辺ですが、実際には干拓地との間に小高い場所がありました。

そこが桑山で、最初の目的地の防府郷土資料館があるはずです。

桑山の間が切り通しになっていて、広い道路が山の向こうへと続いていました。

駅に到着した時から上空を航空自衛隊の訓練機が何機も飛んでいたのですが、この山の向こうに防府北基地があるようです。

 

歩く人はほとんどいない坂道の途中に郷土資料館がありました。せっかく時間ができたので、まずはここで防府干拓について整理できたらいいなと思い立ち寄りましたが、なんと臨時休館でした。

本当に思うように行かない一日目です。

 

*水路に誘われて、「開作」の跡を歩く*

 

ふと、その桑山の麓を流れる小さなコンクリート張りの水路が目に入りました。その水路を辿ってみたら、地図で気になっていた場所に行けるかもしれません。

途中は防府市役所の敷地内だったので迂回してその先へと歩いてみました。

 

幹線道路沿いの歩道を歩いていると、途中から先ほどの水路と別の水路が合流する場所があり、「民話大鯰発祥の地」という立札が水路のそばにありました。

そのすぐ先に、今度はまた分水路があり、一方は山に沿って小さな公園になっています。

道路の反対側にはところどころ水田が残っていました。

「伝説 和尚鯰(おしょうなまず)」の説明板に、昔、この辺りは清水沼と呼ばれる大きな沼があったようです。

 

地図では桑山の西側に、何本も水色の線が集まったような場所がありました。

そこを実際に見ることができました。

 

防府駅から1kmほども離れていないのですが、先ほどの山に囲まれた風景から、西側は広々とした住宅地が広がっていました。

 

 

*佐波から佐波川へ*

 

 

計画の段階で地図を見ていた時に、防府市に流れる大きな川が佐波川(さばがわ)で、その河口付近に「開出」「泥江」といった地名を見つけました。このあたりが「開作」に関連した場所なのだろうかと興味が湧いて何度も眺めているうちに、天神山の近くから何本もの水路が佐波川から扇状に出ているように見えてきました。

 

現在の「佐波川河川敷公園」があるあたりにその取水堰があって、この辺りの水田を潤しているのではないか、その水路沿いに歩いて佐波川まで歩く、これが防府市での「時間と体力があったら行こう」という計画でした。

 

用水路があちこちに残る住宅地を北へと向かって歩いていると、突然、目の前が開けるように水田地帯になりました。

藁を燃やしているかのような香ばしい香りと藤の花の香りと、あちこちからさまざまななんとも良い香りが漂ってきます。

緩やかに蛇行した細い道は白っぽい土で、そのそばを勢いよく水が流れています。

新しい家も多い集落でしたが、倉敷の祖父母の家のあたりを思い出させる道でした。

水田の真ん中でしょうか、小さなお社もありました。

途中、自転車道のような道が防府駅の方へと向かっていて、おそらく幹線水路を暗渠にして活用しているのだろうと想像しました。

この辺りが開出地区のようです。

 

この風景を見ることができただけでも満足して歩いていると、国道262号線に出て、そこに「中の関港道」と書かれた古い石柱がありました。

この辺りが、以前は海岸線だったのでしょうか。

 

あと1kmほど歩くと、佐波川の堤防です。

 

住宅地を水路沿いに歩いて行くと、堤防の直前で、分水路がありました。

先ほどの開出地区を挟んで、東西2本の水路になる場所のようです。

西側への分水路はさらに真ん中が仕切られて2本の水路になっていました。どうやって、どの水田にこの水が行き渡るようになっているのでしょう。

なんだかすごいなあと、しばらく水を眺めました。

 

今日は出だしから計画変更ばかりで行き当たりばったりになりましたが、地図から閃いた計画はまんざらではなかった、来た甲斐があったと満足しながら、佐波川の堤防にのぼりました。

 

 

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