下水道についてのあれこれ 1 <玉川上水>

一時期、玉川上水の近くに住んでいました。
(リンク先の水道局のHPに玉川上水の歴史があります*)


都内のほとんどの川が護岸工事や暗渠(あんきょ)化がされている中で、土がそのまま残され四季おりおりの風景を見せてくれる樹木や草花がある川べりを歩くと、東京のど真ん中に生活していることが信じられないぐらいでした。


玉川上水について興味がわき、図書館で手当たり次第本を借りたり、羽村取水口や玉川上水の他の部分を歩いてみた時期がありました。
そしてあの清流が、現在は実は「上水」ではなく「下水」の再生水であったことを知りました。

1986年、清流復活事業により流れが復活しました。東京都下水道局多摩川上流水再生センター(昭島市)で処理された再生水は、約18キロメートル下流の高井戸の浅間橋付近まで流れ、そこから管路で600メートル北の神田川に合流しています。
(上記、東京都水道局「玉川上水の歴史」より)


多摩川上流再生センター」のパンフレット(*)を見ると、その水の流れがわかりやすいかと思います。


家庭からでた生活排水、屎尿(しにょう)もこうして再生されていきます。
その水が、現代の玉川上水のあの心をなごませてくれる風景に役立っていたわけです。


下水を処理した水が流れていることで、私の玉川上水の風景への思いは裏切られることがありませんでした。
むしろこの大都市の屎尿や汚水を処理し、美しい風景にまでしてしまうその魔法のような機能をいつも認識させてくれるものとなりました。


変な話ですが、トイレのたびに「今この東京で出る排泄物と汚水はどれくらいなのだろう」とつい考えてしまいます。
そして、ちょっと気が遠くなるのです。もし今、その処理機能が停止したら・・・と。


なぜこんな話を突然書いているかといえば、「おむつなし育児」が当たり前のように行われている地域というのは、公共の下水処理施設のない地域ともいえるからです。


公共の下水処理施設が完備された現代の日本で、あえて「おむつなし育児」をするというのはどういうことか。
そんなことを次に考えみようと思います。


<おまけ>


「都内のほとんどが護岸工事や暗渠化されている」と書いていたら、幼稚園に通っていた頃の水害を思い出しました。
当時は神田川沿いに住んでいましたが、大人の腰のあたりまで浸水したことがありました。自衛隊の方に背負ってもらって家まで送ってもらった記憶があります。


玉川上水が最終的に合流する神田川には、他にもいくつかの河川が合流するのでしばしば水害が起きます。
そのために環七地下調節池をはじめ対策がたてられているようです。


都内に水を供給してくれる水がめは「多摩川」と「利根川・荒川」水系に建設されたダムですが、水をたたえきれなくなれば大洪水になります。
あるいは最近のようなゲリラ豪雨も、1〜2時間で河川の許容量を越えてしまいます。
そのバランスをとるための機能も、また多くの人たちの働きによって守られているのですね。


現在の玉川上水は高度に発達した都市の中に作られた人工的な自然ではあるけれど、そこに至るまでの歴史をいろいろと考えさせてくれる史跡なのだと思います。





*2017年6月18日追記
過去記事のリンク先が表示できなくなったので、お手数ですが検索してみてください。





「下水道についてのあれこれ」まとめです。

2. 屎尿処理の歴史
3. 感染症と屎尿処理
4. トイレット・トレーニング
5. 水再生センターと「虹の下水道館」
6. 下水道管構築事業
7. 糞尿輸送
8. プール2000杯分の雨水をためる
9. 使用済み紙おむつの処理
10. 「近現代の下水道を築いてきた人たち」