行間を読む 3  <クールな人混み>

都会のしかも混雑な状況というと、「人に無関心」とか「冷たい」という印象で語られることが多いのですが、冷たいというよりもクールだなと私は思うことが多いです。


この「クール」という英単語を私が会話の中で初めて聞いたのは、1980年代半ばのことでした。


英語を母国語とする友人が、時々「It's cool!」と言っていました。
coolは中学校で習う初歩的な単語ですが、辞書には「冷たい」「涼しい」しか書いてありませんでした。


でも彼はなんだか感動したニュアンスで、「It's cool!」と言うのです。


wikipedeiaにはこう書いてありました。

「冷たい」「涼しい」「冷静」「冷淡」「かっこいい」という意味の英語。
日本語でも同様の意味で用いられる。もとはアフリカ系アメリカ人ブルーカラー層が「イケてる」「かっこいい」といった意味で使っていた俗語だったものが、20世紀末になって広がり、日本などを初めとする英語圏以外の文化圏でも広く使われるようになったといわれている。

そうそう、この中の「冷静」「かっこいい」「イケてる」という感じが「It's cool!」に近いものですね。


<「冷たい」ではなく「冷静」と感じるわけ>


一見、他人には無関心のように見えるあの人ごみですが、実は、少しでもぶつからないように流れを滞らせないようにと、周囲の状況をよく見ながら動いている個人の行動の集合と言えます。


「前からこちらに歩いてくる人とぶつからないようにするには、右によけるべきか」「あの人は道を探しながら歩いているから、急に立ち止まったり方向を変えるかもしれない」「あそこに杖をついた方が歩いている。別の方向から歩いている人と、このままの速度で歩くと3人が接触する可能性がある」などなど、いろいろな状況判断をして歩いているから大きな事故も起こらずに、あれだけの人が移動していけるわけです。


前の人との距離を見極めながら列を作り、定期券をタッチパネルに当てて改札を通過する速度も、測定した人がいるかどうかはわかりませんが、かなり皆、均一の行動をとっていると感じています。


ちょっとまごつくと、おそらく百分の何秒という単位でも急に流れが滞ってしまうことを感じます。
競泳でいえば、指先のタッチの差ぐらいですね、きっと。


It's cool!だと思います。


<弱者に冷たいのか>


通勤・通学している人は健康で強者の世界だけれど、それ以外の人には配慮がされていない「冷たい」人混みのように感じるかもしれません。


たしかにバリアフリーという点ではまだまだ、改善する必要があると思います。


一時期、腰痛で通勤が大変だったことがありました。
今ほどエスカレーターが整備されていない頃のことでしたから、階段の一歩が大変で、そろりそろりと手すりにつかまりながら上り下りをしていました。


横をさっと追い越していく人の風圧だけで、ふらつきそうになりました。
人がそばを歩くだけで、こんなに恐怖に思うことがあるのかと驚きました。


普段、私がそうやって「普通に」人を追い越しているぐらいのスピードと相手との距離なのですが、高齢の方や体の弱い人には大変なことだとわかった経験でした。


ただ、私自身もその人混みをその「普通の」スピードで通勤している時には目の前の高齢者をサッとよけて歩いていましたから、相手が「ゆっくり手すりにつかまって歩いている」私を認識して、よけながら追い越してくださったことも理解できます。


決して無関心でも冷たいわけでもなく、周囲の混雑の中で最大限私の安全に配慮してくれて追い越していく、たくさんの人によって私もなんとか通勤できたのです。


さらっと追い越し、あるいは多少もたもたしている人がいてもさっと状況を見極めて自分が動きを変える。


たまにバッグや体がぶつかることもあるけれど、狭いこの状況ならお互い様という感じで、さらっと受け流していく。
むしろこれだけの人が一斉にそれぞれの行動をしている中で、ぶつかったりケンカになったりすることのほうが珍しいことが驚きだと思います。


これだけの人口密度のなかで、皆がうまく移動できるようにするために、いつのまにか社会の中で訓練された集団行動とも言えるかもしれません。


冷たいのではなく、むしろ周囲の状況を見て行動している。
だからクールだと感じるのです。





「行間を読む」まとめはこちら