母乳のあれこれ 8 <帝王切開と母乳分泌>

さて、またぽむぽむさんの「母乳育児で悩まなかった理由」の内容について引き続き考えてみようと思います。
ぽむぽむさん、ありがとうございます。


上記の記事の中に以下のように書かれています。

帝王切開だった
帝王切開だと母乳が良く出る人が多いそうです。

リンク先の「帝王切開でよかったこと」の中では次のような話が書かれています。

1位 母乳がよく出る(らしい)
手術後点滴をしますが、その水分量がすごいので、母乳がよく出る人が多いと助産師さんに言われました。

帝王切開だと母乳がよく出る」と「点滴が大量なので母乳がよく出る」について、本当はどうなのでしょうか?


結論として、まだ明らかにそう断言するほどの研究もされていないことと、点滴量とは関係はないだろうと思える部分があるので、「まだわからない」ということだと思います。


ただ私個人としては、どちらかというと都市伝説に近いようなニュアンスのような気がします。


帝王切開術前後の点滴について>



たしかに帝王切開術の前に少なくとも1000mlぐらい、術中にも1500〜2000ml前後ぐらい「大量」の点滴をします。
手術後に病室に戻ってから翌朝までに、およそ2000mlぐらいの点滴をします。


また施設によっても期間や量には差があると思いますし、詳細な統計がないので不正確ですが、術後2日目ぐらいまでは1日に1500〜2000mlぐらいの点滴をしているかもしれません。


人はどれくらいの水分を必要としているでしょうか?
ナース用語辞典の「水分出納(すいとう)」には以下のように書かれています。

水分は飲食で2.3リットル、代謝によって生成される代謝水により0.3リットル摂取され、不感蒸泄により1.0リットル、排尿時に1.5リットル、排便時に0.1リットル排出される。


手術前夜から禁飲食といって口からは水分が入っていないのと、手術当日から少なくとも翌日までの間は食事も飲水も止められているので、上記の「飲食で2.3リットル」の分を点滴で補う必要があります。


また手術中や産後の出血量による水分喪失に見合った点滴をすることで、脱水傾向になったり血液が濃縮することによる血栓症を予防する必要もあるので、一見「大量」の点滴になります。


術後、どれくらいの時期からどのレベルの食事が始まるかは施設間によって差があると思いますが、術後はトイレに行くのも大変なお母さん達は水分を摂るのを控えやすいので、ある程度は点滴で補わないとむしろ脱水傾向になりやすいのではないかと考えられます。


また、産後は大量に発汗して驚かれたかたも多いのではないかと思います。


ですから一見「大量の点滴」ですが、経膣分娩で産後から食事や水分を摂っている方と比べて大量に水分が体に入っているかと言えば、そうでもないのではないかと思っています。


ただし、上記の水分出納は成人の通常の状態ですから、妊娠・出産時は状況が異なります。
妊娠中は、「母体の循環血液量が、最大で非妊時の約40〜45%(1,100〜1,600ml)と顕著に増加する」(「Q&Aで学ぶお母さんと赤ちゃんの栄養」東京医学社、2012年、p.380)状態です。


産後、発汗量や尿量が増加したり、あるいは下肢の浮腫がひどくなるのもこの「水血症」の状態から、元に戻ろうとしていく過程の一つなのかもしれません。


あるいは、産後一旦むくみとして貯蓄された水分が、産後2〜3日頃からの母乳分泌の急増にうまく活用さえれているのかもしれません。
(このあたりは、私の勝手な想像としてさらっと読み流してください)


<「帝王切開後にはおっぱいがよく出る」と考えられた理由>


私も実は以前は、「帝王切開の方は、点滴量が影響しておっぱいが張りやすくなる」のではないかと考えていました。
このように受け止めている助産師は多いのではないかと思います。


もしかすると、10年前あるいは10数年前までは、帝王切開を終えたお母さんに積極的に授乳をしていなかったから張りやすくなった可能性もひとつではないかと思います。


私自身は、ここ10年ほどは帝王切開から戻られたお母さんに状態が落ち着けば術直後でも授乳するようにしています。
帝王切開術直後からの授乳が行われるようになったのは、本当に最近のことといえるでしょう。
ただし、お母さんに頑張らせる必要はないことは以前から書いてきている通りで、赤ちゃんが吸いたそうなときにお母さんに声をかけて、お母さんもしてみようと思った時だけにしています。


頻回授乳まではしなくても、当日から1日目あたりで赤ちゃんが吸う機会が少しでもあると、全く吸わせない場合に比べれば「乳管開通」が行われて乳房うっ積を軽減できる可能性はあるかもしれません。


このタイミングの合わなさが、「点滴のためにおっぱいが張った」と思わせていた一因のような気もします。


またこれは記憶に頼ったものなので不正確ですが、20年ほど前に勤務していた病院ではたしか術後数日まで点滴をしていました。すでに食事も飲水も始まり、また乳緊が出始めても点滴をするわけですからそれは張り感を強めることになった可能性もあります。
以前に比べて、術後の点滴期間が全体的に短縮されてきた可能性もあります。


ということで、帝王切開の水分摂取と母乳分泌に関してはよくわかっていないけれどあまり関係はないのでは、というのが今の私の捉え方です。



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