妊娠・出産の際に何か自身に大きな問題が起こらなければ、普通はあまり産科医療がどのような体制になっているのか関心をもたれないことでしょう。
「親切だった」「食事がおいしかった」「立会いができる」「希望を聞いてくれる」などの口コミが、世の中の産科施設の評価になってしまうのかもしれません。
あるいは「近かったから」決めたり、反対に最近では「何件も断られてようやく見つかった」場合もあるかもしれません。
それぞれの施設がどのような機能を担っているかまで意識して、出産場所を選択される方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。
産科施設は、大きく3つに分類されています。
一次医療機関:正常分娩を中心とするローリスクの妊産婦、新生児への対応を行う。小規模病院や有床・無床診療所と助産所が含まれる。
二次医療機関:ミドルリスクの妊産婦・新生児を対象とする、産科を有する救急指定病院。三次医療機関(基幹病院)での対応を要さない妊産婦・新生児の休日や夜間対応を含めた受け入れを行う。
三次医療機関:ハイリスクの妊産婦・新生児への高度医療の提供や24時間体制の周産期救急医療を担う。周産期医療センターや大学病院(基幹病院)。
「周産期医療機関の機能分化」
(「助産師基礎教育テキスト3 『周産期における医療の質と安全』」より、日本看護協会出版会、2009年)
私は現在、この一次医療機関の有床診療所であるクリニックで勤務しています。
有床診療所というのは、医療法により19人以下の入院が可能な施設です。
<どのように分けられているのか>
具体的に1次施設から3次施設までの機能の違いはどのようなものがあるかというと、実際には1次と2次施設間、2次施設と3次施設間にはグレーゾンがあるといえるかもしれません。
19床以下の診療所でも、総合病院なみの医療対応とマンパワーがある施設もあると思います。私の勤務先は10床程度ですから、かなりこじんまりとしています。
2次施設は総合病院以上の医療機関になりますが、NICU(新生児集中治療室)・成人用のICUがある地域中核病院のような施設もあれば、ICUのない病院もあります。
3次施設は「周産期母子医療センター」と呼ばれる施設です。
さらに総合周産期母子医療センターと地域周産期母子医療センターに分けられています。
たとえば「産婦人科救急のすべて」(永井書店、2010年)の「東京都周産期母子医療センターの配置図、平成21年」によれば、都内の総合周産期母子医療センターは9施設108床、地域周産期母子医療センターは14施設99床とあります。
都内を8ブロックに分けて受け入れ態勢を作っているのですが、たとえば「区中央ブロック(千代田・中央・港・文京・台東)」の総合周産期センターは愛育病院で、地域周産期センターは聖路加病院、東京慈恵会医科大学病院、順天堂病院になっています。
ただ、必ずしもその地域の三次施設に常に空床があるわけではないので、都内の他ブロックへの搬送が行われたり、さらに埼玉・神奈川などの広域での搬送や受け入れも行われているのが実情です。
<なぜこのように機能で分けられているのか>
これは全ての妊娠・出産をできるかぎり安全に終えることができるようなシステムを目指しているからといえるのでしょう。
現代では当たり前すぎるのかもしれませんが、産科医療が「全ての女性」を対象にしたのはたがだか半世紀であることを忘れてはいけないと思います。
日本産婦人科学会から2008年に出されている「ハイリスク妊産婦の分娩管理」が参考になると思います。
合併症がある方や、前回妊娠分娩から今回もリスクが予測される方などは、できるだけ確実に医学管理ができる施設で出産できるように、まず「ハイリスク妊娠のスクリーニングと分娩前準備」が大事になります。
「こじんまりとして家庭的なクリニックで出産したい」とどんなにご本人が望まれても、私たちから見れば「絶対に大きい病院へ」いう方々が一定数出てきます。
このあたりの医学的モデルと社会モデルの葛藤を埋めるような説明も案外大変なのです。
ていねいに説明しても、中には「私を面倒な人だと思ってよそへ追い出した」と受け止める方もいらっしゃるのです。
でも、私たちにはお母さん赤ちゃんが無事に出産を終えることがもっとも大切なことですから、そこは譲りませんが。
あるいは途中までは経過に問題がなくても、妊娠中・分娩時に突発的に救急処置が必要な状況が起こります。その多くは予測不可能なものです。
受け入れ先が決まるまで多少時間の余裕がある状況もありますが、中には一刻も争う救命救急の事態があります。
たとえばクリニックでの対応だけでは不十分な状況であれば、高次医療機関への転院が必要になります。
ただ総合病院へ搬送すればよいのではなく、母体・胎児あるいは新生児の状況に応じた医療が受けられるように、2次・3次施設のどこへ搬送するかという判断がとても大事になります。
すべて初めから2次・3次施設レベルの医療機関で出産をすれば安全という方向が出始めるのも止む無いことかもしれません。
ただ、この周産期医療ネットワークシステムも、私が助産師になった二十数年前を思えば本当に驚くほど充実したシステムができたと思います。
1次施設と2次施設、あるいは2次施設と3次施設、そこでの対応可能な内容の差は確かにあるのですが、たとえば半世紀前の日本の出産を考えれば、1次施設が充実したことで母体や新生児救急が必要な状況を減少させてきたともいえると思います。
半世紀前なら、自宅という医療対応が遅れる状況で出産していたわけですから。
周産期医療の特に救命救急が高度になるにつれて、特に1次施設のクリニックでは不十分ではないかという見方が出てきました。
でも1次から3次という分類は、少なくとも「全ての」分娩に常に医師が立ち会うことが可能な社会になったからこその分類なのだと思います。
そしてそれは何度も書きますが、「できるかぎり全ての出産を無事に終えること」ということが目標にできるようになった、わずか半世紀の変化なのだと思います。
本当に、わずか半世紀なのだということを忘れてはいけないと強く思うこの頃です。
「境界線のあれこれ」まとめはこちら。