事実とは何か 41 <妊産婦の自殺はまだ把握されていない>

文春オンラインに、「『産後うつ』が行政にも医療現場にも見過ごされてきた理由」(2017年9月24日)という記事がありました。


タイトルを見ると、臨床の私たちや社会にここ20年ほどで定着した産後うつについての理解はどう捉えたらよいのだろうととまどいました。
あるいは小見出しには、「産婦人科でも精神科でも見過ごされてきた」「母子保健ですっぽり抜け落ちた、母親のメンタルサポート」とあって、1ページ目の最後の部分は以下のように書かれています。

 日本は妊産婦や乳幼児の死亡率の低さなど医療レベルでは世界トップクラスであるにもかかわらず、なぜ母親たちがこのような状況に追い込まれてるのだろうか。これには、前回指摘された核家族などの社会的背景だけでなく、「産後ケア」の視点に乏しい日本の医療業界の問題、母親を支えるはずである母子保健制度の欠陥があった。
(強調は引用者による)


1990年代に入った頃には、「マタニティブルー」という言葉も知られ始めていましたから、産後1か月まで通常は分娩施設でフォローする間、私の勤務先の施設でも注意をしていこうという意識がありました。
ただ、まだその実態があまりにも漠然としていて、何をどのように分娩施設で注意したらよいのか手探り状態でした。


同じ頃に、保健センターの保健師さんたちと関わるようになって、産後の新生児訪問を利用して産後うつの早期発見に力を入れ始めていることを知りました。
「新生児訪問は何をするのか」の記事でその目的を紹介しましたが、昭和40年からすでに「両親の育児不安への対応」という項目があります。


時代が刻々と変化する中で、1990年代始めごろに「マタニティブルーの実態はどうなのか」と雲を掴むような話題だったものが、2000年に入る頃には私の関わっている自治体では、新生児訪問でエジンバラ質問用紙を活用して産後うつの早期発見が始まり、必要な方には訪問を増やしたり、地域担当の保健師さんたちは相談体制をつくっていました。


おおざっぱな記憶ですが、他の自治体でもあちこちで分娩施設から保健センターへの情報提供のシステムは2000年代にはすでにできていました。
特に産後うつや、精神的疾患を抱えたお母さんたちとその赤ちゃん、ご家族を見守るために、何度か私も保健センターへお願いしたことがあります。


できることは何か、一人一人のケースによって違うので、本当に手探り状態で、無事にそのお母さんとお子さんが過ごしていらっしゃるのだろうかと、思い出しては胃が痛くなることがしばしばあります。
まして、地域で担当されている保健師さんたちの苦悩はいかばかりかと。


本当に、この国は産後ケアの視点に乏しく、母子保健は欠陥ばかりなのでしょうか。
そう見られてしまうのであれば、何か反省しなければならないのかもしれませんが、なんだか事実とは異なるような書き方に感じたのでした。



<妊産婦の自殺は把握されていない>



産後うつ予防のために産後健診を2回にするの記事で、昨年4月に日本での妊産婦さんの自殺についての報道を引用しました。
その記事では、都内23区のデーターであり全国の全体像は見えないことと、私としては「妊娠2ヶ月の12人」が印象に残ったことを書きました。



冒頭文春オンラインの記事には、以下のように書かれています。

日本の妊産婦死亡の原因の1位は、自殺なのをご存知だろうか。


昨年以降、全国のデーターがそろい始めたのかと思いましたが、この記事の中には書かれていませんでした。


「周産期医学」(東京医学社)2017年5月号は、「特集 なぜ今メンタルヘルスケアなのか?」でした。
その中の「妊産婦の自殺防止」(竹田 省(さとる)氏、順天堂大学産婦人科)の「はじめに」に、イギリスと比較して以下のように書かれていました。

 日本の周産期医療はこの数十年で急速に進歩、発展を遂げ、妊産婦死亡率、周産期死亡率、新生児死亡率、どれをとっても激減し改善してきている。しかし、妊産婦死亡率は2007年頃より減少が止まり横ばいとなり、出産10万あたり2.7〜4.8を推移している。直接産科的死亡と間接産科医的死亡 の比率は3:1と直接産科的死亡が多く、欧米とは異なる分布を示している。一方、イギリスでは2011年〜2013年の妊産婦死亡を見ると9.02/10万と日本より多いものの、直接産科的死亡は明らかに減少し間接産科的死亡は横ばいとなり、1対2と間接産科的死亡の方が多くなっている。また、日本では把握されていない産褥42日以降1年未満の後発妊産婦死亡(late maternal death)率は14.12/10万出産と妊産婦死亡よりも多く問題となっている。この後発妊産婦死亡原因(2015MBRRACE-UK report)の第1位は悪性腫瘍28%で、ついでメンタルヘルス関連疾患23%であり、14%が自殺によるものである。このため、日本ではほとんどその実態が把握できていない後発妊産婦死亡の実態を早急に調べ、対策を講じる必要があると思われる
(強調は引用者による)


なぜ把握がされていないかの理由に、「他科で死亡したり死体を検案した場合、死亡診断(死体検案)書に妊娠・産褥の時期が記載されなければ妊娠に関連した間接産科的死亡とならず、総妊産婦死亡数でも間接産科的死亡数でも過小評価になり、欧米との直接、間接死亡数分布の差異にも影響していると推定される」と書かれています。


つまり、まだ全体を把握するシステムが不十分であり、まずはそこから改善しようという動きなのではないかと理解しています。




「事実とはなにか」まとめはこちら