助産師の応召義務について考える 1 <時代の変化>

病院や診療所内での急変や救急対応はそれなりに日常的なことなのですが、勤務場所を離れた時に急病人の対応をした記憶は、案外少ないものです。


記憶にある限りでは2回、いや3回かもしれないというぐらいもう記憶はあやふやです。
おひとりはプールで泳いだあと更衣室で気持ち悪そうにされていた方で、意識もしっかりあるし運動障害もなさそうなので、おそらく急激に激しい運動をしたことによる疲労感かもしれないと判断して、血糖補給のためにキャラメルを渡してしばらくそばにいました。


もうひとりは電車内で冷や汗をかきながら気分悪そうにしている中年男性がいました。
あきらかに様子が変で意識はあるのですが、次の駅で降ろしてベンチに休ませた方がよいか、それとも動かさない方がよいか判断に悩むような状態でした。
別の乗客が「降ろしましょう」と手伝ってくれたので、ベンチに寝かせて駅員さんが来るのを待ちました。
それまでは意識レベルや症状を観察していたのですが、徐々に回復して来た様子があったので、そのまま駅員さんにお任せして帰りました。


思い返してみればこうしたことに遭遇するのはとても低い確率なのですが、プールに泳ぎに行っても(私を含めて)中高年者が多くなってきたし、妊婦さんがマタニティスイミングを越えてガシガシと泳いでいるのも珍しくないので、いつ救命救急の対応に遭遇するかとヒヤヒヤしています。


でもきっと遭遇すれば、善意とか使命感を越えて反応していまうと思います。たとえ何もない機内の急変や出産でも。
それは「応召(または応招)義務」ともまた違うような気がするのですが。


助産師の応召義務が書かれた頃>


私が助産師になった1980年代終わり頃の教科書には、助産師の応召義務に関して以下のように書かれていました。

 自分で開業している助産婦だけでなく、病院・診療所等に勤務する助産婦を含めて、助産婦自身の病気や猶予できない助産を行っている場合など、社会通念上妥当と思われる場合の他は、助産または妊婦、褥婦もしくは新生児の保健指導の求めがあった場合、これを拒んではならない。報酬の不払いなどは正当な理由にならない。
「母子保健ノート 助産学」(日本看護協会出版会、1987年、p.500)


この一文は授業でも「助産婦(当時)の義務」として習った記憶はあるのですが、現実にどのような状況を想定しているのかよくわからなかった部分でした。


というのも当時は助産所が再び話題になり始めていたとはいえ、大半の助産師は病院勤務でした。
飛び込み分娩は珍しくなかったのですが、病院内ですから「医師の判断」があるわけで、助産師の応召義務とも違います。
診察費用や分娩費用が払えなくても、入院助産制度などがありました。


助産師が単独で、妊産婦さんや褥婦さんから分娩やケアを求められそれを拒否するような状況というのは思い浮かびませんでした。


あまり深く考えたことのない助産師の応召義務でしたが、ブログを書きながら昭和20年代から30年代ごろの医療の変化が見えてきて、もはや助産師の応召義務という言葉は現実的に意味がないように思えて来ました。


こちらの記事で2005(平成17)年に日本産婦人科医会が出した「保助看法改正について」を引用しましたが、まさに「保助看法は昭和23年、全分娩の97%が家庭で行われていた家庭分娩全盛期にできた法律で、助産師が医師法に抵触しないようにするためのものと解釈される」というあたりだと思います。


1960年代の国民皆保険制度によって、全ての国民が医療を受けられ、出産もまた誰もが医療機関を選択できるようになり、この時点でこの助産師の応召義務という言葉は一部の医療機関のない地域を除けば、実質意味がなくなったのではないかと思えてきました。


<2014年の助産師業務要覧の解釈>


助産師業務要覧についてはこちらの記事で説明しましたが、2014年にだされた最も新しい業務要覧には以下のような記述があることに、今回読み直して気づきました。

この場合の業務に従事する助産師とは、自ら開業している開業助産師ばかりでなく、病院、診療所、助産所に勤務する者も含まれている。施設勤務助産師の業務は雇用契約範囲内における業務であり、開業助産師の場合は地域や在宅からの求めに応じて課せられている
「[新版]助産師業務要覧 第2版 基礎編」日本看護協会出版会、p.071


強調した最後の一文ですが、2008年の「助産師業務要覧」では開業助産師に関する記述はありませんでした。
また施設に勤務する助産師に関しては、以下のように書かれていました。

病院や診療所に勤務する助産師の場合の応招義務については、使用者との労働契約やともに働いている医師・同僚助産師の応招義務との関係がある。一般に勤務時間外まで応招義務を求められことは少ない


一見同じことを書いているようで、2008年と2014年では解釈がだいぶ違うのではないかと感じました。


助産師の応召義務ってなんでしょうか?
もう少し続きます。