数字のあれこれ 34 <1タラントン>

競泳日本選手権も残すところあと2日。会場にいけないだけでなく、録画でさえまだ全てを観ることができていないのですが、水泳連盟のHPで結果だけは確認するようにしています。
その中でも古賀淳也選手が50m背泳ぎで日本選手権9連覇というニュースは、10年分以上の記憶が一気に甦って来てちょっと鳥肌がでました。
そして、たしかアジア大会4連覇を目指す年になるはず。


好記録が出る時期もあれば、どうもがいても苦しさしかない時期もあったことでしょう。
それでも、タッチの差の100分の1秒の正確さをもって泳ぎ方を再現させていくのですから、本当にすごい世界だなと思います。
しかも、10年という単位でそれに挑戦するのですから。


古賀選手の他にも、今まで少し不調に見えた選手の方々が、また次の段階へと昇っている姿を観ることができます。
優勝とか新記録といった点では話題にはならなくても、存在感があります。


<1タラントンのたとえ話>


そんなことを感じていたら、今年はなぜか新約聖書の「1タラントンのたとえ話」を思い出しました。タラントンとは現在の「タレント」の語源ともいえる言葉ですが、私はこの話をずっと勘違いしていたように思えて来ました。


「『タラントン』のたとえ」(マタイ25章14−30)はこんな話です。

天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕(しもべ)たちを呼んで、自分の財産を預けた。それぞれの力に応じて、一人には5タラントン、一人には2タラントン、もう一人には1タラントンを預けて旅に出かけた。早速、5タラントンを預かったものは出て行き、それで商売をして、ほかに5タラントンをもうけた。同じように、2タラントン預かった者も、ほかに2タラントンをもうけた。しかし、1タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰ってきて、彼らと清算を始めた。まず、5タラントン預かった者が進み出て、ほかの5タラントンを差し出して言った。「御主人様、5タラントンお預けになりましたが、ご覧ください。ほかにも5タラントンもうけました」主人は言った。「忠実な僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くの物を管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」。次に2タラントン預かった者も進み出て言った。「御主人様、2タラントンお預けになりましたが、ご覧ください、ほかに2タラントンもうけました」。主人は言った。「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くの物を管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」。ところで、1タラントン預かった者も進み出て言った。「御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。ご覧ください。これがあなたのお金です」。主人は答えた。「怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、10タラントン持っている者に与えよ。だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。


実は、この1タラントンのたとえ話も、聖書の中では苦手な話でした。「儲ける」ることが忠実な僕とされたり、「利息」「持っていない人は持っているものまで取り上げられる」といったたとえ話が現実とごっちゃになり、「才能を生かせ」という話がどうしてこんなにどろどろとした話になるのだろうと、それ以上この話について考えることを心が拒否してしまうのでした。


この「1タラントン」は現代ではどれくらいの価値になるのかという話には、いくつも説があるようで、3000万円と書かれているものもあれば6000万円と書かれているものもありました。
いずれにしても、「一生の生活費に相当するぐらいの財産」のようなニュアンスでした。


あ、もしかしたら思い悩むな、「生きるために必要なものは与えられる」ことが前提の話だったのかと、ぼんやり見えてきました。
だから恐れることなく、自分の能力を高めていきなさい、と。
5タラントン持つ人は5タラントン分を、2タラントン持つ人は2タラントン分に挑戦したらよいという話だったのかもしれませんね。


<自分に与えられたタラントンを見いだす>


「儲ける」という言葉のニュアンスでこの話の理解につまずいた私ですが、もう一つ、「5タラントン」「2タラントン」「1タラントン」の量の問題でもつまずいていたのだと思います。
数字が大きければ「能力がある」と、浅くしか読んでいなかったのだろうと。


先日、番組名は忘れてしまったのですが、過去に注目されていたアスリートがその後の挫折、そして再起していくまでを追った番組がありました。よくある感動話仕立てだろうとたかをくくっていたのですが、話題性だけで世の中に消費されていくようなスポーツ選手の葛藤がきちんととらえられていました。


何度も何度も挑戦し続ける選手もいれば、別の道に進み自分に適した仕事を見いだしている人もいました。
もしかしたら、葛藤もタラントンのひとつなのかもしれないですね。


あ、ちょっともやもやした話なのですが、30年来気になっていた「1タラントン」の意味が少し理解できるようになってきたのも、私の場合、競泳選手の皆さんから得ていることを書きたかったのでした。



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