行間を読む 76 搾取という言葉

昨日の記事の中で引用した「明治期の東京に於ける牛乳事業の発展と経過の考察」という資料を最初に読んだときの違和感が、「搾取業」という言葉でした。

 

搾取といえば「片手で援助、片手で搾取」に書いたように、私にとっては80年代以降、人間が人間から搾り取るという意味しか頭に思い浮かばない言葉でした。

ところが人間が牛の乳を搾り取ることを搾取ということを、初めて知りました。

たしかに、コトバンクには「乳などをしぼりとること」(デジタル大辞泉)、「動物の乳や草本の汁などをしぼりとること」(大辞林第三版)、「乳、草木の汁などをしぼりとること」(精選販日本語大辞典)とあります。

 

私が思い出す「搾取」は、「階級社会で、生産手段の所有者が生産手段を持たない直接生産者を必要労働時間以上に働かせ、そこから発生する剰余労働の生産物を無償で取得すること」(デジタル大辞泉)の方でした。

それで、エビ水産物の輸入、あるいは端境期の日本向けに野菜を生産している国など日用品の原料を生産している国のことなど、これまでも搾取という言葉を使って書いた記事がいくつかあります。

 

江戸時代終わり頃から明治にかけての人も、同じように2つの意味を思い浮かべるのだろうか。搾取から搾乳という言葉が分かれたのはいつ頃なのだろうと疑問に思ったのですが、「精選版日本語大辞典」の「語誌」にこう書かれていました。

(1)「搾(しぼ)り取(と)る」を音読して生じた和製漢語と考えられる。①の挙例の「植字啓原」に見られるような文字通りの具体的な動作を表す用法は、あまり一般的ではなかったらしく、明治から昭和初期にかけての主要な国語時点(「日本大辞書」「大日本国語辞典」「大言海」など)に採録されていない。

 

(2)②のexploitationの訳語としては、「共産党宣言」の明治三七年(一九〇四)訳では、「駆使」「虐使」が当てられていたが、大正十年(一九二一)の堺利彦訳から「搾取」が用いられ、以降労働運動の文献やプロレタリア文学の作品などで多用されるようになり、一般化した。

なんと、人間が人間を搾り取る意味で搾取が使われ始めてたかだか一世紀なのですね。 

 

今、さらりと「搾取されて」なんて書くけれども、一世紀前にはそのことさえヒトの社会では言葉になっていなかったということでしょうか。

冒頭の資料では明治8年(1875)に「東京牛乳搾取連合」が作られたとありますが、まさかその半世紀後には「搾取」が人間に使われる言葉になるとは思わなかったかもしれません。

その言葉が使われ始めた時代はどんな雰囲気だったのか、興味が尽きないですね。

 

 

 

「行間を読む」まとめはこちら