記憶についてのあれこれ 157 B型肝炎の社会の受け止め方

1970年代末、看護学生だった頃に同級生からそっと打ち明けられました。

「兄弟がB型肝炎だった」と。こんなことも起こるのかに書いたように、徐々にB型肝炎についてわかってきた頃で、患者さんにも今思えばやりすぎというくらいの対応をしていた時期でした。

同級生が怖れていたのは、「B型肝炎だとその兄弟が結婚もできなくなる」という社会の認識でした。

 

70年代、すでに結核ハンセン病は過去の病気として学ぶ時代に入っていましたが、「その病気になると社会から差別される」ことがまだまだあることが記憶に残りました。

 

それから数年もしないうちに、ウイルス疾患が次々とわかる時代になり、患者さん自身の治療だけでなく、社会からの偏見をなくすための啓蒙活動も必要になっていきました。

 

HBV母子感染予防対策事業*

 

以前は、毎月のようにB型肝炎陽性の妊婦さんが出産をしていました。すべて使い捨てにし、血液に触れる機会の多い分娩ですから介助者も感染予防対策をしてのお産でした。

最近は、妊娠初期の感染症スクリーニング検査を見ても、B型肝炎が陽性という方が本当に少なくなりました。

 

この大きな理由が、HBV母子感染予防対策事業です。

80年代末に助産師になった頃にはすでに始まっていて、出生直後の新生児にHBV免疫グロブリンを注射していました。

この母子感染予防対策事業について、国際医療研究センターの肝炎情報センターに説明があります。

本邦では1986年に開始されました。HBV持続感染している母親から産道感染で新生児にHBVが感染するので、当初は出産時と生後2ヶ月にHBV免疫グロブリンを、生後2、3、5ヶ月でHBワクチン接種を行うことになっていましたが、2013年10月から早期接種方式(国際方式)へ変更されています。これは、出生後できるだけ早い時期(12時間以内が望ましいとされています)にHBV免疫グロブリン1mlを筋肉内投与、HBワクチン0.25mlを皮下注射し、さらに、HBVワクチン0.25mlを1ヶ月後、6ヶ月後に2回追加接種するスケジュールです。母親がHBe抗原陽性キャリアの場合、旧方式では生後2ヶ月目にもHBV免疫グロブリンを追加投与していましたが、新方式では省略可とされています。 

 

30年ほど前は、新生児の小さな体に注射するのを見て、本当にHBV感染がなくなる時代が来るのか半信半疑でしたが、本当に少なくなりました。

 

*HBワクチンの定期接種化*

 

それでも、出産時だけでなくHBVに感染する機会は誰にでもありますし、また他の人を感染させる可能性もあります。

できるだけ出生後早いうちに誰もがこのHBVワクチンを打つことができたらいいのにと思っていましたが、数年前までは日本ではまだゼロ歳児でも自費でした。

2016年から定期接種に加えられました。

我が国では、1986年から開始されていた従来からの母子感染予防対策事業によって新規のHBV母子感染をほとんど防げるようになりました。しかしながら、依然としてピアスの穴開けやタトゥー(刺青)、性行為等による水平感染や、ワクチン接種を受けていない乳幼児の水平感染の事例が報告されています。また、ゲノタイプAのB型肝炎ウイルスは成人が感染してもある程度の割合で慢性化することがわかりました。そこで、2016年10月から、B型肝炎ワクチンが定期接種化されることになりました。 

 

0歳までは無料で、この予防接種が受けられるようになりました。

ただ、日本肝臓学会の「B型肝炎、どのような病気?」を読むと、まだ年間10,000人の新規感染者がいるようです。

大人へのHBVの感染は、HBVに感染したパートナーとの性交渉の際に起きることが一般的です。しかも、自分自身の感染を知らず、気づかないうちに感染を拡大しているケースも見られます。 

 

 

*自分は感染源だとは思っていなかった時代*

 

あの同級生から打ち明けられたことを思い出すたびに、さすがにもう「HBV陽性なので他の人に内緒にしなければ」と悩む人がいないことを祈っています。

 

冒頭の70年代末の社会というのは、当時はまだ学校での予防接種で注射針を使い回していたことを経験していた世代ですから、誰もがHBV肝炎になる可能性があった時代ともいえます。

今のように簡単に抗体検査は受けられなかったので、無症状のままキャリアになっていた人もいたことでしょう。

たまたま運良く感染しなかったかどうかという状況でした。

 

当時の検査の限界があるにしても、感染がわかった人に対して「自分もそうなるかもしれない」という気持ちよりは、「自分は感染源ではない」という気持ちの方がまさっているから、新たな感染症ではまた社会の差別が繰り返されるのかもしれませんね。

今回のつじつまの合わない理解のしかたを考えているうちに、あの同級生の苦悩を思い出したのでした。

 

 

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