行間を読む 97 「潮流が穏やかになっている」

遠出の散歩のあとにブログを書きながら記録していくと、思わぬ知識に出会って興味が尽きなくなります。

 

瀬戸の意味を知りたくてWikipediaをまず検索したのですが、頼みの綱のWikipediaにはその地形の成り立ちのような説明はなく、全国の瀬戸の一覧があるだけでした。

その一番最初の「狭い海峡の一覧」に速吸門があり、なんとなく開いてみました。

 

初めて見たその用語はまったく読めないのですが、「はやすいのと」「はやすいど」だそうです。

その2番目の説明にこう書かれていました。

吉備国の児島湾口の古称(『古事記』)。古くは早水の戸と呼ばれ、潮流が速く阿波の鳴戸にも劣らないほどとされた。現在は、児島が児島半島になったことや、児島締切堤防などにより、潮流は穏やかになっている。

 

一昨年訪れたあの児島湾締切堤防ですが、潮流を変える影響もあったのですね。

 

倉敷周辺の子どもの頃から耳にしていた「島」のつく地名は江戸時代からの干拓で地続きになった名残ですが、江戸時代の干拓前から比べると、「瀬戸」内海の潮流はどんなに変化したのでしょうか。

そして児島湾締切堤防が完成したのが1959年(昭和34)ですが、その数年後、私は児島の海で海水浴をした記憶があります。

当時、あの地域で暮らしていた親戚は、あの地域の海の変化を何か感じていたのでしょうか。

幼児の頃の記憶は、児島湾の潮流が驚異的に変化する時代の風景だったのかもしれません。

 

誰が、何からそれに気づき、そして誰がどのように観察をしているのでしょう。

 

散歩をすると、知らなかったことがどんどんと増えて、興味がまた広がります。

この速吸門の歴史に、またきっとどこかで出会うと思うと楽しみですね。

 

 

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