鵺(ぬえ)のような 9 歴史の葛藤が感じられない動きに注意が必要

「遅れた日本の中絶方法」という表現を耳にすることが増えて、1980年代終わり頃か1990年代初め頃に見たフランスの映画を思い出しています。

 

薬草を飲んで子宮収縮させたり、子宮頸管に不衛生な何かを挿入するなど、非合法の妊娠中絶方法に命を落としそうになった女性の痛みや恐怖が描かれた映画だったと記憶しています。

 

今だったら検索してすぐに、ヴェイユ法によって、1975年にフランスでは妊娠中絶が合法化されたことと、「1990年、医療機関での薬剤による人工妊娠中絶が許可された」こととつながったことでしょう。

その映画を観たときには、「自由の国フランス」での何十年も前の古い話だと思っていました。

そして、1980年代、アメリカでは人工妊娠中絶に反対する力が強い州では、中絶をした医師が殺害されるようなニュースもありました。

 

女性の体についての自己決定という表現にも、それぞれの歴史がありますね。

 

私自身は当時も今も中絶に関してどう受け止めてよいのかわからないままですが、とにかく日本は自分の意思で、産婦人科医のもとで麻酔を使った中絶方法を選択できる国でよかったと、当時安堵しました。

 

 

*どのような状況になるのか多い浮かばない*

 

「『飲む中絶薬』来月申請へ、承認なら国内初・・・日本は『時代遅れ』の掻爬法も」(読売新聞オンライン11/21)というニュースがありました。

 

経口妊娠中絶薬の話題は以前からあったのですが、実際に人工妊娠中絶手術や流産手術を実施している医療機関に勤務していると、具体的にどのように対応が変化するのかがわかる情報が少なくて困惑しています。

 

その新聞記事の1800件ほどのコメントに、全て目を通してみました。

「そんなに安価で女性の負担の少ない薬があったなんて」「なんで時代遅れの掻爬法をされたのか」といった医療への不満や不信感が増幅されるコメント欄で、参考になったのが以下のコメントでした。

流産したときに処方され、薬での処置の経験があります。

個人差があることは承知していますが、夜中の発熱と震えるほどの悪寒、下半身全体に筋肉痛をひどくしたような堪え難い痛み、そして下痢

結局、薬だけでは排出しきらず、何度かの通院

薬だからと言って楽なわけではありません

やむをないこととは言え、やはり命に関わることは簡単ではないと実感しました

ただ、選択肢があることはありがたいことです

慎重に体のために良い方法を選べると良いなと思います

 

ミソプロストールの方は消化管潰瘍薬として元々日本では存在した。ミフェプリストンを飲んで妊娠維持できるホルモンを少なくさせミソプロストールと併用することで子宮収縮を図りミソプロストールを飲んだ数時間後に子宮内容物が出る。

そういう仕組みだけれど妊娠何週まで使用可とかちゃんと子宮内膜に着床しているとか使用には専門的な診断と一緒に併用でないと、ひとたび母体にとってとても危険な薬でもある。

(以下略)

 

740円とありますが、アメリカでこの薬を処方されるところは、いわゆる病院ではありません。避妊、中絶専門のクリニックで、保険のカバーはほとんどなく、だいたい7万円ぐらいかかります。それでも手術よりかは体力的、精神的、経済的な負担は少ないです。2回にわけて飲みます。音を消して医師だけで体内の健診をすませてから1回目の錠剤を飲みます。その日と翌日は使い物になりません。2週間経って追い討ちの薬をもう一度。それから日常に戻ります。こんな感じかな。

 

「"戦後まもなくから変わらない”日本の中絶」(NHKWEBNEWS、2021年10月14日)の記事では、「妊娠の進行を抑える錠剤を飲んだ2日後に、子宮を収縮させる錠剤を服用します」とあります。

 

「子宮を収縮させる錠剤」を飲んだあと、自宅で待つとしたら。

おそらくそこまで想像できる人はなかなかいないことでしょう。

 

時々、自然流産の方が、手術までの待機の間に進行し始めて電話がかかってくることがあります。

脂汗の出る下腹痛と結構な出血、そして「内容」が排出されますから、相当動揺されています。

それと似たような状況を麻酔もなしに耐えることは、現在の麻酔をして数分で終わる手術方法よりは楽なのでしょうか。狐につままれたような話です。

無痛分娩が広がらないから日本は遅れているという批判と、なんだかつじつまも合わない話です。

 

そして世界の数十カ国で使用されているとありますが、それらの国は日本のようにいつでもすぐに産婦人科専門医を受診できる医療制度なのでしょうか。それとも妊娠週数の確認から内服、そして処理までひとりでせざるおえないのでしょうか?

たとえば日本では、Rh型不適合妊娠を防ぐために人工妊娠中絶でも血液検査が実施され必要があればグロブリン注射まで実施されていますが、そのほかの国ではどうなのでしょう。

 

日本産婦人科医会が「当面は、入院設備のある中絶の実施医療機関で取り扱うべき」(NHK NEWSWEB)としているのはこのためだと思いますが、それにしても中絶が終わるまでの数時間、私たちはただ見守るしかないのでしょうか。

 

そして正確な妊娠の診断と管理は適切に行われる必要がありますから、「安価な薬」を強調しないほうがよいと思いますし、中絶に対する価値観は脇において、医療技術の進歩の話としてもう少し報道は整理した内容を伝えてほしいと思いました。

 

なんだかまたしても、医療機関でのより安全なお産を求めていた社会から手のひらを返されたような産婦人科医療の歴史が繰り返されているようで、現実の社会の葛藤の中で働いてこられた産婦人科の先生方はおおいに気持ちを削がれているのではないかと、今の流れを心配しています。

 

「10年やってわからなかった怖さを20年やって知るのがお産」ですから、葛藤し続けてこられた先生がたは簡単には物事を言い切らなくなるのではないかと思います。

 

 

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