散歩をする 441 六堰頭首工を見に行く

4月初旬に那賀川や吉野川を眺める充実の散歩が達成できました。

しばらく遠出は感染状況や社会の変化の様子見でと思っていましたが、こんな時こそ近場で訪ねたかったところへ行こうと4月下旬に日帰りで出かけてみました。

 

昨年12月に一泊二日で利根大堰を中心に利根川の左岸から右岸を歩きました。

その時に熊谷に一泊したのですが、熊谷市というのは利根川と荒川に挟まれた場所 でありながらその流れを隔てるような小高い場所もなく、「微高地」というのでしょうか、平野が続くように見える場所でした。

 

私が住む場所では、利根川と荒川というとだいぶ離れています。ところが熊谷市ではこの大きな二つの川が市内に流れているのですから、その水を管理するというのは大変なことですね。

なんだかすごい場所だと感心しながら歩いていたら、熊谷駅の近くの「大里用水」の説明で六堰(ろくぜき)頭首工を知りました。

 

帰宅してから地図を眺めると、秩父鉄道永田駅からほど近い場所にその頭首工がありました。

そこから取水された水が荒川左岸の熊谷と深谷の間の地域へと流れて田畑を潤しているようです。

ここを歩いてみようと出かけました。

 

 

*六堰頭首工から荒川右岸へ*

 

11時ごろに永田駅を下車した時には快晴で、気温が22度まで上がっていました。4月の22度はものすごく暑く感じますね。ちょっとクラクラしながら歩き始めました。

 

その名も「永田」なので水田があるかと想像していましたが、駅の北側には田植えが終わった水田がありました。

南側は荒川沿いの小高い場所で、国道に沿って住宅が点在していました。

この辺りの荒川は川幅もそれほど広くはなく、上流側には秩父の山々が近くに見えていました。

 

頭首工の近く公園のような場所があったので立ち寄ってみると、そばに案内板がありました。

不動の滝と渡し場

 滝の不動堂は、地元に残る言い伝えによると大和国初滝小池坊(やまとのくにはつたきこいけぼう)が行脚の際に当地に不動明王(みょうおう)を安置する小堂を作ったのが始まりと言われています。不動堂の崖下にある滝は、不動明王の霊験があると言われ、現在も訪ねる人がいます。また、江戸時代にはここ花園町永田と対岸の川本町畠山の間に瀧の渡しと呼ばれる渡し場があり、村々によって利用されていました。当時は、このあたりは両岸ともに切り立った岸で急流であり、景色も非常に良かったと江戸時代に幕府により編纂された新編武蔵風土記稿に記されています。

 現在も西方に遠く見渡せる秩父や小川の山々は江戸時代と変わらない雄大な眺めです。

 

現在は六堰頭首工に橋が併設されているのですが、かつてはすぐそばの対岸に渡るのも大変だったことでしょう。

 

*「常に的確な流水管理」*

 

六堰頭首工の橋を渡り対岸へ行くと、たもとに説明板がありました。

流水改善水路・緩勾配魚道(荒川中流流水改善事業)

▪️荒川中流流水総合改善事業

 過去、荒川ではたびたび渇水が発生し、首都圏では渇水のたびに取水制限の処置がとられ、広範囲の地域で給水制限や断水など、人々の生活に影響を及ぼしていました。

 また、荒川中流部の荒川大橋付近では、渇水時に流水が途切れて川床が露出してしまう「瀬切れ」が発生し、多くの魚たちが逃げ場を失いへい死するなど、川の生態系にとって重大な問題となっていました。

 これらを背景として、国土交通省では荒川中流流水総合改善事業により、瀬切れを解消するために必要な流量、または上流ダム群(浦山ダム、合角ダム、滝沢ダム)から秋ヶ瀬取水堰地点に向けて放流された都市用水(ダム補給水)を、六堰頭首工の下流へ的確に流すための流水改善水路と、遊泳力の弱い魚の遡上を可能とする緩勾配魚道を、六堰頭首工の右岸側に整備しました。

 なお、流水改善水路と緩勾配魚道の新設工事は、平成10年度から平成14年度にかけて、農林水産省の六堰頭首工の改築工事(国営大里総合農地防災事業)と共同により実施しました。

 

熊谷駅南西にある荒川大橋のあたりが、瀬切れを起こしやすい場所だったようです。

そこから下流へ十数キロの左岸側に、利根川からの武蔵水路が合流しているのはそういう背景があったのでしょうか。

 

私が幼児の頃の東京砂漠と言われた断水や給水制限が多かった時代の記憶が残っています。

 

1965年(昭和40)に武蔵水路の通水が開始され、1968年には利根大堰が完成して、都内の水道は多摩川、荒川だけでなく利根川の水も利用されるようになりましたが、それでも1970年代後半に再び都内に住むようになった頃もまだまだ給水制限がありました。

 

荒川中流あたりは水が豊富だと思っていたのですが、瀬切れを起こすような場所もあったのですね。

 

日にさらされて字が薄くなった説明板ですが、「常に的確な流水管理」を求められる利水の歴史も知ることができました。

 

 

 

 

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