客観的のあれこれ 10 「3年半にわたる新型コロナウイルス対策を総括」

また周囲でもcovid-19に感染した人の話が増えてきました。

感染の広がり方はインフルエンザの比ではないですね。季節性インフルエンザでは倒れることのなかった同僚が今年度に入ってコロナで次々と感染しているのは、40年ほど医療機関で働いてきて初めての経験です。

 

何度も波が起きながら長い時間をかけて終息していくことは覚悟していたものの、全体像を知る情報が少なくなり院内感染をどう防ぐことができるのかとか、1年前よりも欠勤者が増えて人手不足とか、まだまだ混乱は続きそうです。

 

それでもここまで道標を築いてくださった政府分科会や各自治体の感染症対策会議の方々のおかげで、手探りながらも対応方法が見えてきました。大変な重責であり、それなのに社会からは石を投げられるかのような立場になり、未曾有の事態のあとに来る混乱というのはこういうことなのかと心が痛みます。

 

8月末で政府分科会が廃止になり、それまでを振り返ったインタビュー記事がありました。

感染症との闘いの記録でもあり、覚書のために残しておこうと思います。

 

尾身茂氏「政府に提出した我々の独自の見解がなぜか数時間後にマスコミの知るところになった」「政府と専門家の役割分担に少し課題が見えた」3年半にわたる新型コロナウイルス対策を総括

 

 

 3年半にわたり新型コロナウイルス対策に取り組んできた尾身茂氏ら、対策にあたった専門家3名が日本記者クラブで会見を行った。尾見氏は新型コロナウイルスの対策を振り返り、「価値観の違い」や「データが集まらないフラストレーション」「政府との連携」などについて、以下のように総括した。

「今回の感染対策は私がこれまで経験した中で最も難しいものでした。パンデミック発生当初の2020年2月に私たちが最も注目したのは、同じコロナウイルスであるSARSとの違いでした。

SARSは潜伏期間中、あるいは無症状の人は二次感染せず、症状が出てから初めて他の人に二次感染させる感染症でした。したがって、有症状者を隔離することによってたった数ヶ月で制圧できました。

 

一方、新型コロナは無症状でも潜伏期間中の人でも感染させるため、封じ込め、いわゆる"ゼロコロナ"は当初から難しいと判断していました。さらに、ウイルスや感染状況の変化に応じて対策を変える必要があったことも対策を難しくした要因でした。

 

新型コロナ対策が難しかった背景には、今申し上げたウイルス側の要因に加え、人間や社会側の要因もありました。この感染症には残念ながら、「唯一」「絶対」の正解はありません。そもそも、我が国のコロナ対策の目標は当初より社会経済への負荷を最小限にし、感染拡大防止効果を最大限とすることでした。

 

しかし、経済への負荷を少なくするためにどのようなレベルまで感染を抑えられるか、どこまでなら感染を許容できるかなど、具体的な話になるとそれぞれの立場や価値観により意見が異なり、1つの正解を見つけることが極めて困難でした。

 

また、人々の行動など多岐にわたる複雑な事象を取り扱う感染症対策の研究では、厳密な意味での科学的エビデンスを得ることは必ずしも容易ではありませんでした。

 

「唯一」「絶対」の正解のない中でも私たちが試みたことが、できるだけ科学的に合理性があり、多くの人に理解・納得してもらえるような提言を作ることでした。しかし、それはそう簡単ではありませんでした。その理由は大きく分けて3つあったと思います。

 

第一に、科学的に合理的な提言を作ろうと思っても、提言の根拠となるデータそのものが不足していたことです。必要なデータの迅速な共有は感染対策の一丁目一番地です、このデータ不足は私たち専門家が抱いた最も強いフラストレーションの一つでした。

 

第二に、ウイルスの特徴や求める対策の大筋について、社会全体の共通認識が次第に得られにくくなってきたことです。パンデミック初期には、本感染症に関する情報が極めて限られていたにもかかわらず、未知のウイルスへの不安が人々の間で共有され、3密回避などの感染対策について、市民の間である程度の共通認識がありました。政府や私たちのメッセージも比較的伝わりやすかったと思います。

 

ところがパンデミック中期から後期になると情報も多くなり、人々の経験も蓄積してきたにもかかわらず、それぞれの立場や価値観によって求められる対策の大筋などについて、共通の認識が得られにくくなってきました

 

第三に、私たち専門家の提言の内容やその根拠がなかなか社会に伝わりにくくなったということです。私たちの100以上の提言では、検査医療体制の強化、そして行動変容制限の2つを中心に、リスクコミュニケーションなど6つのジャンルをカバーし、できるだけその根拠や元になるデータを示してきました。

 

また、提言を出すたびに、記者会見で提言内容やその根拠をかなり詳しく説明してきました。またこれらの提言書は政府のウェブサイトなどで全て公開され、分科会の議事録概要もすぐに公開されていました。したがって、私たちは、提言の内容が理解され、その是非や求める対策などの議論が深まることを期待していました。しかし、時として提言の全体像ではなく、一部だけが強調されることがありました。

 

今申し上げた3つの困難に直面した中で、できるだけ科学的に合理的で、人々に理解・納得されるような提言を作ろうとした場が専門家有志による勉強会でした。

 

ところで、今回なぜ私たち専門家が提言だけでなく情報発信においても前面に出てきたのか、疑問に思う方がおられるかもしれません。

 

2009年の新型インフルエンザのパンデミックの際にも、岡部さんや私は政府の専門家委員会の委員を務めましたが、個別なインタビューに答えることは時々あったとしても、このような記者会見で話すことは一度もございませんでした。では、なぜそうなったか。簡単に経緯を話してみたいと思います。

 

第1回アドバイザリーボードや専門家会議は、2020年2月の初旬から中頃に開催されました。その頃、政府はクルーズ船の対応に奔走されていました。当時、私たち専門家に求められたことは、例えばクルーズ船の乗客を下ろすべきかどうかといった政府からの個別の質問に答えることだけでした。

 

実はこの頃すでに私たちは、新型コロナは無症状者でも潜伏期間内の人でも、他の人に二次感染させるしたたかな疾患で、国内市中感染が始まっており、さらなる感染拡大の可能性が高いと判断しておりました。

 

したがって、国からの質問に答えるだけではなく、私たちの判断や知り得た情報を国や市民に共有しなければ、専門家としての責任を果たせないという強い危機感を持ちました。

 

そうした中、2020年2月24日には第3回専門家会議が予定されていました。どうしても私たちの見解を政府に伝えなければと思い、24日のこの会議で我々の独自の見解を政府に提出しました。初めてのことであります。ところが、この日提出した見解がなぜか数時間後にマスコミの知るところとなり、まずNHKの19時のニュース番組で、その後、21時に厚生労働省での記者会見で提言書の内容を説明するよう要請されました。その後、提言を出すたびに、記者会見で提言の内容を説明することが定例化しました。

 

その上さらに私が首相との会見に同席し、また、脇田さんと私が国会・委員会に呼ばれ答弁したことなどが重なって、私たち専門家が対策など全てを決めていると受け取られた側面があったと思います。先ほど、初めての提言書を2020年2月24日に提出したと申し上げました。その提言書を作成するために専門家有志が集まった場が、いわゆる勉強会でした。これがその後3年以上続いた勉強会の始まりでした。

 

専門家グループは様々な専門性を持っている人の集まりでしたが、複雑な事象が絡まり合う感染症対策について、全てを知り尽くしている完璧な人はいません。したがって、なるべく合理的な提言を出すには、それぞれの持っている意見や情報、考えを率直に述べる以外に方法はありませんでした。そのためには、時々は声を張り上げての議論もありました。

 

また、先ほど述べたように、人々の行動など複雑な事象を扱う感染症対策の研究では、厳密な意味での科学的なエビデンスを得ることは容易なことではありません。そのために、我々は様々な研究方法を採用してきました。先にも述べたように、日本各地で対策にあたっている方々や他の分野の専門家も適宜招聘して意見を伺ってきました。ここでは、数値的なエビデンスのみならず、それぞれの現場の苦労のような私的な話も取り込んでいこうと試みました

 

今回、政府と専門家の役割分担について、少し課題が見えてきたと思います。東京オリンピックパラリンピックの開催方式やGoToトラベル事業の一時停止をめぐって政府と専門家の間に意見の違いがあったため、政府と専門家がしばしば対立しているような印象があったかもしれません。しかし、実際には多くの場合は私たちの提言を政府は採用してくれておりました。

 

また、多くの場合には政府と専門家の意思疎通はできていたと思います。では、政府と専門家の間に課題がなかった、と言えばそうではないことが時々あったとしても、むしろ健全だと思います。むしろこれからの課題は、専門家の提言を仮に採用しない場合には、その理由をしっかりと説明することだと思います。それにより、意思決定のプロセスが明確になると思います。

 

9月に内閣感染症危機管理統括庁が発足しました。それが十分機能することを私どもは心より期待しています。また、新たな、助言組織のメンバーになった方々には、心よりエールを送りたいと思います。

 

最後に、お世話になった皆さんにお礼を申し上げたいと思います。市民の皆さんには、それぞれ大変なご苦労があったと思います。そうした中、接触8割削減や3密回避などの感染対策に対して協力していただいたことに心よりお礼を申し上げます。また、3人の総理、歴代の功労大臣、新型コロナ対策担当大臣、知事、行政官の方々、保健医療関係者の皆さんには立場は違っても「危機をなんとかして乗り越えよう」という共通の思いで率直な意見交換をさせていただいたことには心より感謝を申し上げたいと思います。

 

感染症に限らず、今後も日本社会は様々な苦難に直面することがあると思います。その際に、専門家の知見を社会でのように活用していくのか、私たちの試みが反省も踏まえて今後のより良い対策に生かされることを祈念しつつ、本日の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございます。

 

(「ABEMA TIMES」、2023年9月14日、強調は引用者による)

 

 

未知のウイルスとの医学的な闘いだけでなく、人間や社会という複雑な事象に対応することの葛藤が淡々とまとめられていて、なんと客観的な内容だろうと思いました。

 

終息するまでこの国の医療の末端でもう少し働こうと思います。

今回の社会の経験が、後世の感染症対応にも生かされることでしょうから。

 

 

 

 

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