完全母乳という言葉を問い直す 3 <母乳哺育はどのように行われてきたか>

ダナ・ラファエル氏の「母親の英知 母乳哺育の医療人類学」は1991年に出版されました。
かれこれ20年以上も前に購入して、ずっと本棚においてありました。


当時は私自身も母乳にとても関心があり、「吸わせれば出るようになる」と書かれた書物に背中を押されて授乳指導に頑張っていた時期でした。
最近久しぶりに本を手にとって、驚いたことにとても有意義なことが書かれているのに、購入した当時はさっと目を通したぐらいの形跡しかありませんでした。


おそらく、本の題名から「どれだけ人類が母乳だけで子どもを育ててきたか」という智恵が詰まっているという期待に反して、答えがなかったのだと思います。


そして20年近くも遠回りをして、ようやくこの本に書かれていることを理解できるようになったのです。


<第一章 「人類学の方法:統計を超えて」より>


そして私が遠回りをして見えてきた答えは、第一章に書かれていました。

多くの研究者は、現地の女性と、母親がもっとも関心を持っている事項ーどうやって赤ちゃんの生命を保つかという問題ーについて話し合うのは初めてでした。
(p.10)


私が関わってきたたくさんのお母さんたちが、「できれば母乳で育てたい」とおっしゃいます。
「足りているか心配」とミルクを足しているお母さんに、実際には母乳分泌も問題ないので「母乳だけで大丈夫」とお話しても、多くの方がミルクをなかなか切ることがないのが不思議でした。
正直なところ、大丈夫とアドバイスをしてもミルクを足すお母さんに苛立ちをおぼえることも以前はありました。
そしてそのうちに赤ちゃんのほうで哺乳瓶を受け付けなくなり、期せずして「母乳だけになりました」という場合もけっこうあります。


これは体重増加などの数値などで説得しても理屈ではないなにか根源的な不安、こどもを飢えさせてはいけないというような不安なのかもしれないと最近は思っています。


そして出産・育児を自然な営みと捉えた時に、人類は母乳だけで育ててきたのか、現代は母乳の実施率が下がっているのかという疑問にも答えが書かれていました。

乳児は混合食で育てられているーこれが一番重要なことです。
一応母乳で育てられているのですが、非常に早い段階で母乳以外の食べ物も食べさせられているのが実情です。

世界規模では予想通り、母乳で育てる率が減っていて、私たちか系統的に調査を進めた地域だけが例外だったということはありうるのでしょうか。
答えはノーです。
WHO(世界保健機構)とユニセフが2年間にわたって母乳哺育に関する共同研究をした結果、9カ国22,857名の女性について私たちの研究と同じ結論を出しています。その結論についてはあいにく統計的数字は出ておりませんが、9カ国に及ぶ調査の問診データーによると、母乳で育てている母親の3人に1人は、子どもが生後3ヵ月の終わり頃になるともう定期的にいろんな食べ物をあげて、母乳を補っているということでした。


このWHO/UNICEFの調査が行われたのは、「母乳栄養成功のための10か条」が出される遥か前のことです。
ましてexclusive breastfeedingという言葉も世の中には広がっていませんでした。


「完全母乳」というのは、条件がそろえば個人的には可能な場合があったとしても、社会とか人類という全体で成し遂げる目標にはなり得ないのではないかと、この本を改めて読み直して考えています。


<人類学の調査の基本である観察とインタビュー>


ラファエル氏と共同研究者たちはそれぞれの担当地域に入り、母親たちと親しくなりながら研究を続けました。
「母乳で子どもを育てることについて女性の意見を聞こう。自分自身を語ってもらおう。」と。


そして研究が進むにつれて、考えを変えていかざるをえなかったことを認めています。

1年前調査を始める段階では、母乳哺育は減っている、そのため乳児の死亡率が上がった、開発途上国での多国籍企業製品の侵略的販売がその元凶である、という図式になるだとうと私たちは予測していました。

でも驚いたことに、私たちが調べた限りでは、母乳で育てる率は少しも減ってはいなかったのです。たいがいは、今でも母乳で育てるのが普通だし、よしんば減っている地域があるとしてもそれは母乳で育てる人の減少ではなくて、母乳で育てる期間が短くなってきたという意味での減少です。

それに人々が本当に貧しければ、当然粉ミルクなど買えないわけですから、自然と母乳で育てることになるわけです。

ラファエル氏の調査研究の数年後には、WHOは母乳推進のための戦略を打ち出していきます。exclusive breastfeedingという表現を織り込んで。


多くの社会で、自然しかないような社会から先進国のような社会まで、母親達は母乳だけでなくなんらかの食物を早い時期から与えていたという目の前の事実があるのに、なぜ「完全母乳」が達成可能かのように勧められて行くようになったのでしょうか。


そのあたりを次回、書いてみようと思います。




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