母乳のあれこれ 14 <乳腺炎予防のための「母乳によい食事」・・・1990年代以降>

1990年代に入ると世界中の母乳推進運動の影響を日本も受けて、産科病棟も母子同室・自律授乳へと大きくシフトしていきました。


そのような流れの中で、日本母乳の会が設立されました。
日本母乳の会は、「赤ちゃんにやさしい病院(BFH)」の認定機関でもあります。



その中心となっていた山内逸郎氏(元国立岡山病院名誉委員長、元国際母乳連盟医学顧問)が監修した本が出版されました。
1993年に「はじめての母乳育児と心配ごと解決集」、1994年に「母乳育児なんでもQ&A」が婦人生活社から出版され、2000年代に入っても版を重ねて出版され続けています。
特に、後者はその後「日本母乳の会」として出版されています。


1990年代初めまでは、母乳に関する書籍は桶谷そとみ氏や山西みな子氏のように助産師単独の執筆であったものが、医師が監修するものが出始めた時代になりました。


私の勤務先にも誰かが購入して寄贈したのか、上記の2冊の本がありました。2000年代に出版されたものです。
その中の授乳中の食事について書かれた部分をざっとひろってみます。


<「新 母乳育児なんでもQ&A」より>


この本は、2002年に「日本母乳の会」として婦人生活社から出版されたものです。


この中で授乳中の食事について書かれた箇所は以下の通りです。

Q. 母乳の出すぎで乳管がつまります。


A. 授乳させる前にしぼり、動物性脂肪の多い食べ物を控えて
 赤ちゃんの飲みが細いうちは、母乳がたまりすぎて困ることもあります。乳管のつまりは動物性脂肪のとりすぎが原因のことがありますので、食事を点検してみてください。

上記のQ&Aだと、分泌過多が動物性脂肪の取りすぎによると考えているのか、それとも動物性脂肪の取りすぎが「乳管をつまらせる」と考えているのかわかりにくい文章ですが、いずれにしても授乳中には動物性脂肪を控えるようにという点が数箇所で強調されています。

Q. 頻繁におっぱいがつまります。注意することは?
・・・あなたの食べ物にも注意してください。おっぱいには牛乳がいいとばかり、毎日数本飲んでいた方がいましたが、よくつまります。牛乳をやめてみたらあまりつまらないとのこと。乳脂肪など動物性脂肪は乳腺につまりを起こしやすくなります。
 魚、植物性脂肪を中心にした食生活を心がけてください。

それ以外にも、「ケーキを食べたくなる」に対して、「極端な場合、ケーキ1個で乳腺炎になってしまう場合もある」という答えも書かれています。


食事によって「乳腺が詰まる」理由として以下のように書かれています。

Q。食べ物とおっぱいの詰まりに関係がありますか?すぐにおっぱいが詰まってしまいます。


A. 和食を基本に食べ物に注意をしましょう。
 乳頭部の乳管が細いのかもしれませんね。よく詰まるおっぱいほど食べ物には注意が必要です。
 乳汁は血液から作られますが、脂肪分の多い血液からは濃い乳汁ができます。濃い乳汁は流れにくいので、詰まりやすいのです。

「細い乳管」という仮定の話と「血液ドロドロ」のイメージで、さもありなんと納得しやすいかもしれません。


ドロドロのおっぱいに対して「サラサラのおっぱい」と「よく出る」ために和食が勧められています。

Q. おっぱいがよく出るような食事はありますか?

A.れんこん、にんじんなどの根菜類を煮て、食べましょう。
日本に住んでいるみなさんは和食が基本です。得に根菜類は欠かせません。
中でもごぼう、れんこん、にんじん、大根は必須です。ごぼうの種はおっぱいを出す薬として使われているくらいです。ごぼうは基礎体力をつけます。れんこんは血を養い、大根は体をきれいにします
 葉っぱ類や海藻はおっぱいをサラサラにして出をよくします。でもサラダは体を冷やしますから、できるだけ火を通すことです。

なんだか、(トンデモな)食育とかマクロビとか、(トンデモな)民間療法やらに出てきそうなキーワードがありすぎて心配ですね。


もう一ヶ所、脂漏性湿疹への影響も書かれています。

Q. 赤ちゃんの湿疹はおっぱいと関係がありますか
A. 甘いものが好きなお母さんのおっぱいを飲むと湿疹がでやすい

お母さんが食べる物で、乳質は微妙に変わります。1ヶ月ごろから出始める湿疹のほとんどは乳児湿疹と呼ばれるもので、アトピー性皮膚炎とはあまり関係ないものです。
 この乳児湿疹は出やすい子とそうでない子がいます。多くはあせもからですが、どちらかといえば太った子どもに多いのと、甘いもの、果物、油ものが好きなお母さんに多いものです。

「乳質」という言葉が使われています。


<1990年代、母乳に関して医師が参加し始めた時代>


日本母乳の会として、この本の後ろには執筆者として十名ほどの産科医や小児科医の名前がかかれています。


ただ、「乳質」「和食」などの表現を見ると、文章そのものを書いたのは桶谷式乳房管理や自然育児に影響を強く受けた助産師で、監修者として医師の名前が掲載されているのではないかという印象を受けます。


1990年代から現在に至るまで「根拠に基づく医療」が浸透する中で、なぜ母乳に関してはこれほど、未検証のことが断言されて広がりやすいのでしょうか?


以前から産科医や助産師を手こずらせていた乳腺炎への対応と、1990年代からの母乳推進の機運の中で母乳量を増やす対応が必要になる中で、現場ですぐに使える答えが求められていたということがあるかもしれません。


もうひとつ1980年代までは産後の乳房管理に関しては事実上、助産師のみが関わっていた時代だったといえます。
ようやく1990年代以降、関心を持つ医師が増えてきたと言えるかもしれません。
ただ、生活に密着した母乳育児や乳房管理というのはどうしても医師の目が入りにくい分野です。


「○○を食べたら、張りが強くなった」
「○○をよく食べる。その後に詰まりやすい」
そう感じたお母さんがいること自体は「事実」でしょう。
そういうお母さんの体験談(個人的体験談)を聞くことによって、助産師もまた自分なりの観察や仮説に活かして行きます。
ところが、それ以上検証するシステムが現在もありません。


その食品と張りの因果関係はどのように検証できるのか。
そこまで考えることが、次の時代には求められているのだといえるでしょう。





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