母乳育児という言葉を問い直す 27 <「母乳育児」のおおまかな二つの流れ>

半世紀ぐらい生きてみると、自分が当時どのような社会のモードに影響されていたのかが、少し見えるようになってきました。



1990年代初頭、助産師になりたての私は「正常なお産は助産師だけで」と「母乳で育てられるように」という雰囲気に相当影響されていました。


「正常なお産は助産師だけで」については、新卒の頃から怖いお産に遭遇したことと「お産は怖い」とことあるごとにつぶやいてくださった大先輩のおかげでブレーキがかかりました。
ただ、「終わってみないと正常かどうかわからない」という当たり前の言葉に出会うまで、20年ほどかかりましたが。


「母乳で育てられるように」は、退院後のフォローがあればできるのかに書いたように、自分で実際に電話や訪問でフォローするうちに「母乳だけで育てることが目標ではない」という、これまた当たり前のことにようやく目が覚めました。


むしろ、「母乳相談」として広がっている助産師による乳房マッサージについていろいろと考えさせられるようになりました。
舌小帯切除母乳のための食事について、桶谷式乳房マッサージや自然育児の会などの出版物に書かれていることへの疑問や反論がありましたが、それを自分で言葉にするにはあまりにも経験不足でした。


まだ「母乳育児」という言葉がそれほど使われていなかった時代でした。



<新たな流れ、「母乳育児推進」>



乳房マッサージに通わなくてもちょっとした飲ませ方のコツで乳腺炎も予防できるのに、舌小帯を切らなくてよいのに、厳しい食事制限を信じ込ませることは弊害が大きいのに・・・。
そして、それぞれのお母さんと赤ちゃんの状況で必要と思ったらミルクをうまく使えばそれでよいのだから。


そして赤ちゃんは、「飲みたい」だけでなくいろいろなニーズを泣き声で表現しているのだと。
なんでもおっぱいに答えを出そうとするのは違うのではないか。
「育児は母乳から始まる」かのように、出産直後から授乳のことばかりにお母さんの目を向けさせては、大事なことがみえなくなってしまうのではないかと。


そのあたりで、私自身なりの答えが見え始めてきた2000年代前後になって、「赤ちゃんに優しい病院」「母乳育児成功のための10か条」が話題になり、「完全母子同室」「完全母乳」という言葉が出始めたのでした。


地域で開業している助産師も、「乳房マッサージ」や「母乳相談」から「母乳育児相談」へと名称が変化して行ったのもこのあたりからでしょう。


当時は、どこからこのうねりとも言えるような社会の変化が起きているのか、漠然としかわかりませんでした。



<大きく二つの流れが混ざり合っているのか>



東日本大震災直後に感じた災害時の完全母乳『戦略』に強い違和感を感じて「母乳育児」について考え始めた頃から、だんだんとこの流れが見えてきました。


日本ラクテーション・コンサルタントというNPOと、日本母乳の会の二つが、流れをつくって来たのだろうと。


日本母乳の会についてはこちらの記事でも少し紹介しましたが、1992年に設立された前身の組織から94年に「日本母乳の会」となったようです。
会のサイトには、こう書かれています。

わが国における母乳育児の復興への道は、WHO/ユニセフの"赤ちゃんに優しい病院(BFH:Baby Friendly Hospital)"キャンペーンによる功績が極めて大きいと思います。この推進こそ確実にわが国に母乳育児を復興させる近道だと考えています。日本母乳の会は、WHO/ユニセフからBFHを推薦する役割を委託されております。

本来、WHO/ユニセフ発展途上国での乳児死亡率減少や栄養失調の改善を目的に開始した運動であるので、母乳のもつ免疫学的、栄養学的な視点が主体でありました。しかし日本母乳の会では、当初から母子や家族関係の構築を基本にした育児支援の視点から取り組んでおります。母乳育児こそ育児の根底であり、母子や家族の関係構築を基本になると思うからであります。

日本母乳の会は、乳腺炎予防のための食事にあるように桶谷式の考え方も取り入れている部分もありました。



さて、もうひとつの日本ラクテーション・コンサルタントは、「1991年1月に有志によって設立され、2007年1月に特定非営利活動促進法NPO法)に基づきNPO法人として認証されました」とあり、「国際認定ラクテーション・コンサルタントIBCLC」という民間資格を認証しています。


「IBCLCによる母乳育児支援に関する『10のコンセプト』」の中に、「科学的根拠に基づく母乳支援を行う」とあり、今までいろいろな記事で引用した「母乳育児支援スタンダード」(医学書院、2008年)は、一見、科学的な書き方とでもいうのでしょうか、それが多い印象です。


ただ、こちらの記事で引用したように、「IBCLCは母乳は無比のものであることを認める」「IBCLCは母親の"力"を信じる」といった箇所と、科学的な思考をどうやって折り合いをつけるのか、気になります。


そのどちらの流れも、「科学的根拠に基づく」ものとして標準的な医療やケアと認められれば、特殊な病院の認定もあるいは民間資格も必要はなくなることでしょう。



いずれにしても、「母乳育児に」一生懸命なスタッフの根拠の出処は、このあたり流れのような印象です。




「母乳育児という言葉を問い直す」まとめはこちら