落ち着いた街 13 郷地町の崖線と水路を歩く

立川崖線と昭和用水を訪ねるために、西立川駅に降りました。

小さな駅なのに広いホームがあるのは、北側に国立昭和記念公園があるからで、1990年代と数年前の2回行ったことがあります。四季折々の草花が広大な敷地に植えられていて美しい公園です。この日は、緊急事態宣言で休園のため、駅はひっそりとしていました。

 

駅を出て、細い路地を選びながら南側へと歩くと、「想定浸水深 0.5m   この場所は残堀川が氾濫すると 0.5m浸水する可能性があります」という表示を見つけました。

まだこの辺りは段丘の上側なのになぜ?と思いましたが、国立昭和記念公園内に残堀川が通っています。あの瀬切れを頻繁に起こす残堀川なのに、氾濫するとこの辺りまで影響を受けるのですね。

 

蛇行する道を進むと、古い瓦屋根の家がところどころ残り、広くなったり狭くなったり道幅が凸凹に入り乱れた道があるので、畑や家が点在していた昔のままに道を作ったのかなと想像しました。

夏日になりそうな暑い日でしたが、道路工事現場で案内をしている方をふと見たら、80代ぐらいの女性でした。この方は、どのような人生を送り、どのような生活をされているのかなと話しかけたくなってしまうのをこらえて、先を急ぎました。

 

*崖線沿いの水路を歩く*

 

前方に竹やぶが見えてきました。おそらくその辺りから下り坂だろうと予想した通り、常楽寺の横に坂道がありました。下りると、目の前に水田があります。これから水を張るようで、まだまだ現役の水田のようです。

 

その水田に水を入れている水路を西側へとたどってみました。住宅の前を通っていて、その家から道路に出るにはそれぞれの家にある小さな橋を渡ります。こんな風景がとても羨ましいですね。

 

右手は少し小高い場所が続き、その崖を利用して1階を駐車スペースにした住宅が新たに建てられています。

 

水路は少しずつ幅が狭くなりながら、切通しの新しい道路の下をくぐった後は暗渠になり、遊歩道が整備されていました。振り返ってみると、もう一本南側を通る水量の多い水路が遠くに見えました。

この暗渠の下で分水されているようですが、地図で見るとその先には昭和用水からの水路も描かれています。どこが水源なのか、どこで水路が合流したり分水して、この地域の田畑に水を行き渡らせてきたのでしょう。

そして水が足りないことだけでなく、洪水にも対応してきた歴史を考えるだけで、ちょっと気が遠くなりますね。

 

 

右手に続く崖線は竹が植えられ、斜面は一部、畑として利用されていました。

そこを過ぎると、福島神社の鬱蒼とした鎮守の森が見えてきました。水の神様かもしれないと気になったのですが、蜂が活発になってきた季節なので、森を歩くのはためらわれました。

 

鎮守の森の前の畑の横を通り、共成小学校の横を過ぎると、小さな公園があり一休みしました。

この辺りの「想定浸水深」は1.3mから1.7mのようです。

 

 

郷地町の崖線に沿った地域を歩くと、豊富で美味しい水がある地域なのだろうなと思える美しい風景があちこちに残っていました。

こんな風景の中で生活する東京の子どもたちがいるので、きっと多摩川由来の崖線の緑を保存することは一世紀後とか二世紀後にも引き継がれていくだろうと思います。

 

 

その先に昭和用水の水路が見えてきました。

ここからは昭和用水沿いに歩きます。

 

 

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