存在する 34 大崎から多摩川までの舌状台地

「すでに東海道新幹線の東京駅から多摩川まではほとんど歩きました」と豪語したのですが、実はまだ片側だけだったり気になっていた場所は歩き尽くせていません。

 

遠出をする時には品川駅から乗車することが多いのですが、出発するとすぐに左手の切り通しの上に公園のような場所が見えます。それを過ぎるとすぐに目黒川を超え、第一三共のビルと高層マンションのあたりをやや斜めに傾きながら過ぎると、急に住宅地になります。

地図では真っ平のように見える場所ですが、実際にはぎっしり建っている住宅の地面には上り下りの坂道があることが見えてきました。

 

そこを過ぎるとヘリポートがあり、東急大井町線を越えるとまたアップダウンのある住宅地が見えて、西大井の原の水神池のある地域になり、2021年におにぎりを食べながら新幹線を眺めた馬込二本木公園が見え、このあたりから新幹線と在来線が並走して真っ直ぐ多摩川まで切り通しの中を進む地域になります。

A席からの風景です。

 

だいぶランドマークは覚えているのに、なぜ一度歩いたことがある原の水神神社のあたりを車窓から見逃してしまうのだろうといつも思うのですが、最近、もしかすると武蔵野台地の舌状台地だからではないかと思うようになりました。

 

武蔵野台地の舌状台地の先端部が何度もあるこの地域は、斜面を覆い尽くした住宅地の様相が似ているので、なかなか風景を覚えづらいのかもしれません。

 

2018年に久しぶりに岡山を訪ねるのに乗った新幹線の車窓から見えた息を呑むような住宅地の建て方に、都心でもまだまだ平屋建てが多く、農地も残っていたのにいつの間にか崖っぷちに家を建てるようになった半世紀を思い返しました。

 

圧倒されるぎっしりの住宅地の中に少し起伏が見えて、ああこれが舌状台地なのだと印象に残りました。

 

東海道新幹線が造られた頃は、どんな風景があり、どんな生活があったのだろう。

舌状台地はどうやってその存在が見えにくくなっていったのだろう。

まだ歩き尽くしたとはいえないほど知らないことばかりです。

 

 

 

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