助産師の世界 2  <妊婦健診と保健指導、その法的根拠>

今日の記事は妊婦健診の話の続きなのですが、助産師の中では妊婦健診と保健指導の法的根拠があいまいなまま、あるいは恣意的にあいまいにしたままその言葉を使っているのではないかという疑問について書いてみます。


会陰裂傷縫合やエコーの使用など自らの業務拡大には法的根拠は甘いのに、看護師さんの内診問題になるととても厳密に法を持ち出すのが助産師の世界。
ということで、久しぶりに、私が助産師の世界に違和感を感じる「助産師の世界」です。


助産師の世界 1 <助産師に感じる違和感>」はこちら。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120510



<妊婦健診・診察とは誰が実施するものなのか>


ちょっと退屈な話ですが、ウィキペディアを参考にして言葉のひとつひとつを見直していきます。


まずは「健診」の意味ですが、健康診査であって特定の疾患の早期発見・治療を目的にした「検診」とも違います。

診察および各種の検査で健康の維持や疾患の予防・早期発見に役立てるものである。


ここで「診察」という言葉がありますが、それはどのような人に許されているものでしょうか。

診察とは、医師・歯科医師が患者の病状を判断するために、質問をしたり体を調べたりすること。
医療行為のひとつであり、医師と歯科医師以外の医療従事者は行うことができない。
診察や検査の結果をもとに、医師・歯科医師は診断を行い治療方針を決定する。


健診も本来は医師が診察を行うものを指すわけですから、助産師だけで計測を行い妊娠経過が順調であることを判断することを健診と呼ぶことは、法的には許されていないと考えるべきではないかと思います。


それでも医師のいない助産所でも「妊婦健診」を掲げていますし、院内助産師ステムの中の助産外来でも「助産師による妊婦健診」を掲げています。


診察を含む医療行為である妊婦健診は、助産師に許されているのでしょうか?



助産師に許されている業務権>


助産師に許されているのは、妊婦健診そのものではなくあくまでも「保健指導」です。


助産師業務要覧」(2009年、日本看護協会監修)から、助産師の業務に関連した部分を引用します。

助産師の定義)
保助看法第3条

この法律において「助産師とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊婦、じょく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする女子をいう

助産師の業務は、助産師自身の判断で行うものと、主治医の指示に基いて行うものとに大きく分けられる。
助産師以外の者(医師と旧助産婦規則による助産婦を除く)が助産または妊婦、褥婦、新生児の保健指導をなすことを業とすることは禁じられている。

その「助産師自身の判断で行い得るもの」として以下の5項目があります。

1)助産または妊婦、褥婦もしくは新生児の保健指導
2)助産師の業務に当然付随する行為
3)臨時応急の手当
4)乳房マッサージ
5)その他、受胎調節指導


法律のどこにも「助産師自身の判断で妊婦健康診査ができる」とは書かれていません。
あくまでも、保健指導のみです。


助産所助産外来で「妊婦健診」と称している内容は、大きく2つに分けられます。
体重・血圧測定、腹囲・子宮底測定、検尿(尿蛋白・尿糖)と保健指導です。


血圧測定は上記2)助産師の業務に付随する行為の中にも明記されているように、助産師の判断で行いうる業務です。


では、検尿はどうでしょうか?
実際にはとても簡単です。製品化された試験紙を尿につけて判定するだけですから、病院でも通常は看護師・助産師が判定しています。
でもすべての検査は、必ず医師の指示があり、医師の診断が必要になります。


「体重・血圧、子宮底・腹囲測定、検尿」の結果を見て判断する部分はあくまでも「妊婦健診」で医師の領域、それに対して保健指導が助産師の領域であると考えるのが法的には正しいのではないかと思います。


なぜ、そのあたりがあいまいなまま、助産師が妊婦健診を実施できるかのように受け止められているのでしょうか?


保健師助産師看護師法は「産婆救済法」>


半世紀前の私の母子手帳を見ると、保助看法ができた時代を少し思い浮かべることができます。


「妊娠初期の状態」と「妊娠後期の状態」というページがあって、そこには医師・歯科医師そして助産婦の氏名が記載できる欄があります。


その途中の経過は、現在とおなじ子宮底・体重・血圧・検尿を記載できるページになっているのですが、「妊婦健診」とも何も書かれていませんし、医師・助産婦の誰が実施者かという記載場所もありません。


つまり「妊娠初期と後期とには少なくとも一回ずつ保健所または医師・歯科医師を訪ねて健康診断を受けてください」「また毎月一回は、助産婦の保健指導を受けてください」と書かれていても、実際には医師による健康診査は受けずに助産婦のもとを訪れて保健指導で済ませていた妊婦さんが多かったのではないでしょうか?


それは主に、経済的理由からだったのでしょう。
現在のような簡易化された検尿のテストペーパーは使われていない時代でしたでしょうから、おそらく開業助産婦さんは体重、血圧、子宮底・腹囲測定、そして浮腫の有無を見る程度だったことでしょう。


保助看法は、それよりもさらに十数年さかのぼる昭和23年に制定されました。
医師による健康診査は、庶民にはまだまだ高嶺の花であったことでしょう。
医師法によって産婆の業務を制限すれば妊娠中の医学的な管理は立ち行かなくなるし、産婆で生計をたてていた人たちも失業することになります。


医療が進歩していく中で、医療の資格を見直す必要のある時代だったのでしょう。
産婆が失業しないように、医療のわくに組み込むための保助看法だったということに、遅まきながら最近気づかされました。


「周産期医療崩壊 −説明と対策ー」(日本産婦人科医会)
http://www.oitaog.jp/syoko/senryaku/4.pdf

p.7「保健師助産師看護師法とは。」
・昭和23年制定。
医師法の例外措置として、戦前からいた産婆に正常に限って助産をしてもよいとした法律。(産婆救済法)
・資格のない、衛生兵等が業とすることを禁じたもの。
・「助産」の定義はされていない。
・医療が長足に進歩した現在には、そぐわない。


保助看法を根拠に「正常な分娩は助産師だけで介助できる」と主張しながら、保助看法には「保健指導」しか明記されていないのにいつのまにか助産師が妊婦健診を行えるかのように解釈しているのは、こうした歴史認識のねじれともいえるのかもしれません。