産後のトラブルを考える 8 <昔はどんなトラブルがあったのかー産科フィスチュラ>*2014年1月4日訂正あり

今までの記事でも、昔の女性がひどい会陰裂傷のままだった話を紹介しました。
たとえば伊吹島の「出産の医療化」の中では次のような話がありました。

過去にトリアゲバーサンに取り上げてもらった経産婦の中にはひどい会陰裂傷が縫合されず、裂けたままになっている人もいたそうである。

あるいは北海道の「腰湯」の話ではこのように書かれています。

それでもよくさ、裂傷がひどくてね。うちの母はなかったみたいだけど、なかなか治らないって人はね、ずっと続けていたみたいですよ。


「それはどれくらいの割合で起きているのか」
それの根拠になるのが統計です。
ところが、案外世の中には正確な統計というのは少ないのではないでしょうか。


そして近い昔、数十年前までの日本で出産後のトラブルがどれくらいあったのか、そんな統計さえないものです。
だいたい、半世紀前でも家庭で有資格者の介助もなく分娩が行われていたのですから。


ですから私が助産師になった1980年代後半でも、「昔の出産でどれくらい会陰裂傷があったのか」「どのようなひどい裂傷があったのか」など教科書にも書かれていませんでした。


どこからともなく、「昔は裂けたままの女性もいたし、膣から尿や便が出てくる人もけっこういた」という話はいつの間にか耳に入っていましたが、具体的にどれくらいの女性がそのような産後のトラブルに苦労したのかという統計や具体的な説明はないままです。


<産科フィスチュラ>


産科フィスチュラというのは、尿道や膀胱と膣の間、あるいは膣と直腸の間に瘻孔(ろうこう)ができてしまうことです。


分娩が長引いて、児頭などにより産道周辺が圧迫される虚血的変化によって穴があいてしまうのです。


「周産期医学必修知識第7版」(東京医学社、2011年)の「産褥期の排尿不能、尿失禁、尿路感染症」の中で、中田真木氏は以下のように書いています。

陣痛促進や帝王切開を行えない状況では、長引いた分娩の後には膀胱膣瘻ができることがある。西欧でもかつては、分娩停止に引き続いて虚血による膀胱壁の壊死と尿瘻の形成をみることは珍しくなかった。

日本では想像もつかないこの膀胱膣瘻あるいは直腸膣瘻で著しくQOLが下がるどころか、社会で生きていく場所さえ奪われている地域が世界中にあることが、「国境なき医師団日本」の中に報告されています。
「アフリカなど:フィスチュラ対策、MSFが果たすべき役割は?」*


おそらく半世紀前、そう遠くない昔の日本も同じような状況だったのでしょうか。
「女性は産む力がある」「自然に待てば必ず生まれる」かのような言葉で、日本にも出産にこうした悪夢が起こっていた時代があったという事実を隠してしまってはいけないのではないかと思います。




*2014年1月4日訂正
国境なき医師団の「ブルンジ ”裏庭に隠された病気”−産科フィスチュラをなくすためにー」という記事が削除され、上記の記事に変更されていましたのでリンク先を訂正しました。






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