散歩をする 399  秋穂漁港から新開作、そして新山口駅へ

今回の計画を立てるのに、一番初めに目に入ったのが椹野川河口に広がる干拓地でした。

地図を見ただけで、南北に広大な水田地帯が広がっていることが想像できる場所で、その真ん中に貯水池のような場所と、東西南北へと用水路が描かれていました。

その貯水池のような場所を見てみたい、拡大すると近くに「新開作」バス停がありました。

 

「まさにこれだ!」と、最初は新山口駅からこの開作を訪ね、そのあと山口駅の方へと足を伸ばす計画を考えました。

ところが、次々と瀬戸内海沿岸に「開作」が見つかり、どこを訪ねようかとあれこれとつなぎ合わせてできたのが、今回の防府駅からバスで秋穂漁港入り口行きに乗る計画でした。

 

秋穂漁港から新山口駅行きのバスも1時間に一本程度ありますから、バスの時刻表と次の列車の時刻表を何度も眺めて、秋穂漁港から新開作バス停の辺りまで歩き、そこから新山口駅行きのバスに乗ることにしました。

 

秋穂漁港の西側に「黒潟南」という田園地帯があり、その外側を弧を描くように道が通っています。地図で見るだけで、集落をつないでいて開作との境界がよくわかる道です。

計画の段階では気持ちが大きくなって、いつも歩き切れないほどの距離になるのですが、途中にいくつもバス停があるのでなんとかなりそうです。

 

 

*秋穂漁港から原の前バス停まで*

 

漁港から少し歩いたところに、「あいお観光マップ」に書かれていた車えびの養殖場がありました。

秋穂は、塩田跡地を利用して、世界で初めて車えびの養殖を事業化した「車えび養殖発祥の地」です。秋穂地域内には、車えびを提供する飲食店や車えびを販売する店舗が多数あります。

 

エビの養殖というと東南アジアの「社会問題」としてしか考えたことがなかったのに、まさか瀬戸内海が車えびの養殖の発祥の地だったとは、ちょっと冷や汗が出そうになりました。

あそこの島にはこういう人たちがいて、こういう生きざまで暮らしていました。こういう形の魚をとっていました。その魚はどこどこに運ばれていました。ということを、とにかく見て歩く。

鶴見良行さんの声が聞こえてきそうです。

 

その養殖場からは緩やかに上り坂になり、集落の細い路地へと入りました。

漁港のあたりは人がいなかったのですが、けっこう車は通ります。

乗っているのは70代から80代近い高齢のご夫婦が多い印象でした。どんな生活があるのでしょう。

 

JAの建物のあたりからまたゆるやかに降ると、そこには道をはさんで二つ、大きな溜池がありました。

その先に、広い広い畑が広がり、滋賀のあたりで見かけた緑色一色の世界です。一面、柔らかな麦の穂が風に揺られて幻想的でした。

その向こうに、低い山々が見えます。印旛沼や倉敷周辺の風景に似ています。

 

このあたりで雨が少しづつ強くなり始めました。

交通量が多い真っ直ぐな道が続きますが、畑のそばを歩く人は私一人です。右手は緩やかな斜面で、農家の立派な家がぽつりぽつりと建っていました。開作を目の前に、どんな歴史が語り継がれているのでしょう。

 

南部海岸道路という大きな道路を渡ると、そこからは風景が変わり、道も山の方へと入りました。

バス道路沿いに蛇行しながらゆっくりと上っていくと、小高い場所に二島小学校の校舎がありました。校門の入り口には、地元の方が植えた花がきれいに咲いていました。

ここから県道61号線を道なりに歩くと新開作バス停ですが、とうとう本降りの雨になりました。

 

小学校から少し北へ歩くと、道が下り坂になり、その先に広大な干拓地が広がっていました。

地図で確認すると、あの目指していた水色の貯水池まではまだ小一時間ほど歩く必要があり、絶対に無理でした。

さらに雨脚が強くなり、一つ手前の「原の前」バス停から新山口駅行きのバスに乗ることにしました。

 

「原の前」バス停の前にも溜池があり、雨の中アオサギがたたずんでいました。

この辺りはキャベツ畑のようです。

西側に堤防が見えて、その向こうはあの広大な開作の水路のようです。

 

*原の前バス停から新山口駅へ*

 

傘も服もびしょ濡れになるほどの雨になり、赤いコミュニティバスが遠くから近づいてくるのが待ち遠しいほどです。

 

やれやれと乗り込んで、開作が見える席に座りました。

ぐいと堤防の道へと上がると、南若川の向こうに干拓地が広がり、河口付近まで見渡せました。

そのさらに西の方に、大きなドームが見えました。もしかしたらあれが、阿知須のきらら博記念公園の建物かもしれません。何年か前に競泳の国体会場だった記憶があります。

川や海の対岸が見えるののが干拓地ですね。

ここが名田島開作です。

 

このあたりも一面、麦が植わっていました。新開作バス停のあたりには住宅がありましたが、目指していた水色の場所は、ただただ麦の中のようでしたので、計画変更して正解でした。

 

しばらく麦畑や農家の集落を走ると、高いビルが見えてきました。いったん山の斜面のような場所へとバスは向きを変え、今度はまた西へと向きを変えて椹野川を渡り、11時27分に新山口駅に到着しました。

 

昨年、佐賀への往復で通過した場所でしたが、こんな風景だったとは。

ずっと車窓に集中していたはずなのですが、何も見えていなかったのかもしれないですね。

まあ、新幹線だと1~2分もかからないで過ぎていたので仕方がないですけれど。

 

 

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