散歩をする 374 土砂降りの中の「孤独な散歩」

JR富合駅から熊本市内行きのバスで緑川下流の複雑な水の流れの地域を車窓から眺めました。しだいに水田がなくなり市街地に入ると、街の中に小さな墓園があちこちにあるのが見えました。

水路が残っているのでもしかしたら以前は水田地帯で、その区域の人たちの墓地がそのまま宅地化の流れで残されたのでしょうか。

 

以前はお墓というと公的な霊園かお寺の中の墓地ぐらいしか思いつかなかったのですが、ここ10年ほど親や自分の死んだ後の居場所を考える時期になり、散歩をしていても墓地が気になっています。

水田の中にポツンと墓地があったり、琵琶湖を眺められるような湖畔に墓があったり、場所は案外と自由で生活の場所に近いことも多いですね。

 

そんなことを考えていたら美しい熊本城が近づき、桜町バスターミナルを経由して、水道町バス停に到着しました。

水道町」の名前に惹かれて下車したのですが、名前の由来はわかりませんでした。

 

水前寺成趣園(じょうじゅえん)*

 

ここから市電に乗り換えて、10時半ごろに水前寺公園駅で下車しました。前日に九州横断特急の車窓から水前寺成趣園の方へと下り坂になっているのが見え、谷津に湧水があることが想像できました。

駅のすぐ近く、住宅地の中に大きな庭園がありました。

 

地図を眺めていた時に「出水(いずみ)神社」を見つけ、てっきり水の神様だと思って訪ねてみましたが、成趣園のパンフレットには全く違った経緯が書かれていました。

明治10年(1877)、西南の役で熊本の街は焼け野原となりました。旧熊本藩士たちは、藩主の御霊を祀り、御恩徳によって人心を安定させ、熊本の街を発展させようとの思いから、明治11年(1878)、肥後細川家に縁の深い水前寺成趣園の地に社殿を創建しました。肥後細川家初代細川藤孝(幽斎)公他三柱を主祭神とし、歴代藩主とガラシャ(二代忠興公の妻)、合わせて十五柱が祀られています。

 

人々の心に和らぎを取り戻すためにばらを植えた福山のように、戦争から人の気持ちを立て直すための記録があちこちに残っているものですね。

 

出水神社は大きな池を見下ろすような小高い場所にあり、その近くに水源と思われる場所がありました。

ここからの水の流れが江津湖のそばを通って、先ほど通過した加瀬川や緑川の複雑な場所へと続いているようです。

地図では水色のいろいろな線があって、惹き込まれるような場所です。

熊本はなんと水の豊な場所でしょうか。

 

湧水のほとりで水面を眺めていると、雨がポツリポツリと降ってきたと思ったら急に雨脚が強くなりました。しばらく待てば小降りになりそうですから、休憩所で雨宿りをしながら計画を立て直すことにしました。

 

11時でまだまだ時間はありますが、この日はすでに朝から球磨川の下流を歩いたので1万歩を超えています。蒸し暑い中で、さらに雨の中を歩いたのでちょっと気力が削がれ始めていました。

雨が強くなったら無理しないことに決めました。

 

 

上江津湖の遊歩道*

 

予想どおりまたポツリポツリくらいの雨になったので、水前寺成趣園を出て加瀬川沿いに上江津湖への遊歩道に向かいました。

 

県道28号を渡ると森のような場所に入り、美しい加瀬川の流れに沿って遊歩道がありました。

あちこちから小さな湧水が流れ込んでいます。柿田川湧水群に似ています。

カワセミがすぐそばを飛んで行きました。

この風景に疲労感が吹き飛んで、なんだかまたどこまでも歩けるような元気が出てきました。

 

広大な上江津湖湖畔に入り、雨上がりの遊歩道をゆっくりと散歩する人やジョギングする人、あるいは自転車に乗った人とたまにすれ違う程度で、地図で眺めていたこの広い水色の場所を独占した気分でした。

 

池のような場所があり、真ん中にコンクリートで造られた象の滑り台がありました。「ゾウさんプール」と表示されています。この光景、いつだったかテレビで見た記憶があります。

たしか昭和30年代ごろにできた「プール」でした。

青鷺の像もあると思ったら、これはじっと佇んでいる本物でした。

 

この辺りで、また急に雨が強くなり始めました。

こちら側は住宅地で、雨宿りする場所もありません。バス停のある対岸にわたる橋はずっと先です。

仕方がないので大きな木があったので、その下で雨宿りすることにしました。

ところが江津湖の水面を叩きつけるような雨になり、水飛沫のような雨で前が見えなくなるほどです。

雷鳴も聞こえてきました。

雷だと大木の下は危ないですし、木の下で傘を差してもずぶ濡れになってあまり意味がなくなってきたので、土砂降りの中を歩き始めました。

 

さっきまでは時々すれ違う人がいたのに、もうこの世には誰もいなくなったのではないかと思うほど、人の気配も無くなりました。

ここで急に洪水が起きて流されたら、雷に撃たれたら・・・、誰も私を目撃してくれる人さえいない。

最悪のことが現実になりそうな気持ちになる雨というのを初めて体験しました。前が見えないような土砂降りの江津湖湖畔を歩き、橋を渡ってようやく雨宿りできる場所に着きました。

 

本当はここから3~4kmほど南の、加瀬川左岸側の「鯰」の「鯰三神社」を訪ねてみようと計画していましたが、ずぶ濡れですし予定していたバスはとっくに通過している時刻です。あきらめて熊本駅方面へ戻ることにしました。

 

12時8分にバス停に到着した時には、土砂降りが嘘のように止みました。

遅れていたのでしょうか、反対側に乗るはずだった鯰方面へ行くバスが近づいてきましたが道をわたる気力もなくなりバスを見送ったのでした。

 

熊本市内行きのバスに乗り、白川を渡って再び熊本城の天守閣が見えてきましたが、途中下車する気力も残っていませんでした。

熊本駅に着いたのはまだ13時でしたが、なんでもいいからお昼ごはんを食べてすぐにチェックインしよう。

せっかく熊本まで来て一旦天気が回復しましたが、計画の大半をあきらめる散歩になりました。

 

 

それにしても土砂降りというのは怖いですね。あれはどれくらいの降水量だったのでしょう。

家の中にいるのが正解のようです。

 

 

「散歩をする」まとめはこちら

線状降水帯の中を歩くのは「失敗とリスク」の記録ともいえるのでこちらにまとめることにします。