こんなところがポイントかも 1  <おっぱいが出始めるまで、見通しを伝える>

母乳関連の話題はまだ続きますが、テクニック的なアドバイスやノウハウを書くことよりも、私はむしろなぜそういう「行き違いが起こりやすいのか」という視点から考えたいと思っています。


とりわけ赤ちゃんの世話が始まる入院中の数日間というのは、とても短いものです。
刻々とお母さんも赤ちゃんも変化していく中で、ある時点での看護スタッフの関わり方がその後、予期せぬ長い間の影響を与えてしまうこともあれば、私たちがかなり考えてそっと見守っていたことが「何もしてもらえなかった」と受け止められてしまうこともあります。


あるいは、数人のスタッフが入れ替わり関わる中で、判断の違いやそのスタッフの個性の違いが吉と出る場合もあれば凶となる場合もあります。



私たち看護スタッフの対応をどのようにお母さん達が受け止めているのか、あるいは看護スタッフ間でも違う対応がどうして出てくるのかなど、もしかしたら「こう考えてこのようにした」部分がもう少し伝われば行き違いが少なくなるかもしれない。
そんなことを先日のメロン記念日さんのコメントへの返事を書きながらふと思いました。


そこでテクテニック的なアドバイスとも違う、医学モデルと社会モデルの距離を縮めるための「ここがポイントかも」を不定期に入れてみようと思います。
(きっかけをくださったメロン記念日さんありがとうございます)


<不安を受け止める>


母乳が出始めるまでの不安というのは、とても大きいものです。


人間以外の動物の出産風景を見ていると、生まれた直後の仔が自分で母乳を飲み始めています。母親はただ寝そべるか立ったままで、仔の吸うままに任せています。


人間だけ(かどうかはわかないのですが)は、なぜ2〜3日の間、「母乳が出るのか、大丈夫か」という不安に母親が直面するのだろうと、いつもお母さんの不安の声を聞くたびに思います。


先日の夜勤で、産後1日目の夜から2日目の朝まで対応した、二人目のお母さんもまた「母乳が出ていないのでは」と不安そうでした。
一人目の時には1ヶ月頃から「完全母乳」になったとのことで、自分はおっぱいが出るはずだから今回は最初から「完全母乳にしたい」という思いと、赤ちゃんがなかなか眠らなかったり浅くしか吸わない乳首の痛みのために「出ていない」という不安が大きい様子でした。


赤ちゃんのうんちは、ようやく胎便から移行便になったあたりです。
お母さんには、おそらく今日から明日にかけて移行便から母乳便に変わるので、赤ちゃんはもう一晩ぐらいよくぐずり、お腹の動きを待つためか浅く吸うことが多いかもしれないことを説明しました。


それは「おっぱいが出ていない」のではなくうんちが変化することを赤ちゃんも根気良く待っている時期であること、経産婦さんの赤ちゃんの場合には早ければ2日目の朝までには母乳便に変化して、2日目の夕方からは深く吸い付いておっぱいもよく出始めることをお話しました。


この2日目までの赤ちゃんの浅い吸い方に対しては、抱き方やくわえさせ方を「訓練」してもあまり効果がないことがほとんどです。
深く吸いつけるように介助しても、赤ちゃんがのけぞるようにしておっぱいを浅くくわえなおそうとします。


乳首が痛ければ無理せずに付き合えるところまでつきあって、あとはミルクを足してお母さんが休んでも、翌日には良く出始めることをお話しました。


お母さんの本音の部分では、乳頭痛から解放されたいところだったのだと思います。それはつらいことでしょうから。
でも「自分が楽をしたら、おっぱいが出なくなる」という不安の方が強いのでしょう。


「明日の夜には、驚くほど赤ちゃんの吸い方も痛くなくなって、おっぱいも出るようになりますよ」と見通しを説明しても、その夜は何度か「おっぱいが出ていないのでしょうか?」と不安を口にされていました。
そのたびに、私も「2日目の夜には赤ちゃんはうんちとの戦いを終えて、ぐんとおっぱいを飲む状況になっていますよ」と赤ちゃんと経産婦さんの母乳の出方についてお話しました。


<せっかく見通しを受け入れたお母さんなのに・・・>


昨夜から今朝にかけてのこのお母さんの不安、乳頭痛に対する苦痛に対して、私がどのように考え、どのように対応したかを記録しておきました。


ところか交替したスタッフが、さっそくそのお母さんのトラブルを「テクニック」で解決しようとしている様子を見てしまいました。
「経産婦さんで、まだ乳首が痛いなんておかしいわよ。抱き方を変えたら?」と、縦抱きとフットボール抱きをさせていました。


経産婦さんで赤ちゃんの抱っこが上手とはいえ、3,500g以上の大きい赤ちゃんを縦抱きやフットボール抱きで支えるのは手首に負担がかかりますし、赤ちゃんの重さに関係なくかえって乳首を一方向に引っ張って飲みやすいので、私は今はこうした変則的な抱き方はあまり積極的には教えないようになりました。


なにより、「2日目の夜には赤ちゃんも変わって、乳首が痛くなるような吸い方は少なくなるし、おっぱいもたくさん出始めますよ」という見通しを話して、お母さんが足元しか見えずに不安だった気持ちを少し先まで見れば不安も少なくなるようにしたのですが、またお母さんの気持ちは目の前のトラブルだけに目を向けることになってしまいました。


<この場面だけでもいろいろなポイントがある>


まず、このスタッフの個性もあります。
「経産婦さんなのに、なんで?」という視線とアドバイスは、お母さんの不安を強めることはあっても決して軽減にもならないのですが、残念ながらこういうちょっとデリカシーのない言い方をしてしまうスタッフもいます。
そういう人を変えることは、よほど何か自分を省みるようなショックな機会がなければなかなか難しいものです。


まして、卒後何年もたってプライドも出てきたスタッフを変えることは本当に難しいものです。
実は、職場に「医療を受ける際にこういう言い方で傷ついた例」という資料までありそのスタッフも目を通しているはずなのです。


でもまだ、こうした私たち医療者側の言動がお母さんたちの自信をなくさせている実例をもっと研究していく必要はあると思います。



次に、新生児の哺乳行動の変化があまりに観察されていないために、「育児は母乳から始まる」かのような関わりをさせていることが問題であることはこれまでもずっと書いてきました。


新生児の変化をもっときちんと観察すれば、「今どうして赤ちゃんがこのようにぐずるのか」「なぜ眠らないのか」「なぜ浅くしか吸わないのか」が見えてきます。
そうすれば、ただ「抱き方」や「くわえさせ方」のテクニックで解決しようとしても意味がない場合があることも見えてくることでしょう。


母乳の出始める前までのお母さんの不安を軽減できるとすれば、いつごろからどう変化していく可能性があること、見通しを伝えることではないかと思います。